「白人のスポーツ」だったテニス。大坂なおみ選手のBLMコミットが与えた影響

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GettyImagesより

 今夏テニス界では、大坂なおみ選手がBlack Lives Matterについて積極的に発言し、話題となった。大坂選手の言動に対して「スポーツに政治を持ち込むな」といった批判を寄せる人々もいた。

 テニスは長い間、白人のスポーツというイメージが強かった。トップ選手の名前を見ても、圧倒的多数なのは白人選手だ。テニス界において人種差別はどう受け止められているのか。世界最年長ランカーの松井俊英選手に話を聞いた。

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松井俊英(まつい・としひで)
1978年生まれ。現在、世界現役最年長ATPシングルスランカーで、日本ダブルスランキング1位。2020年国別対抗戦ATPカップ代表。 公式サイトはこちらオンラインサロン主催。 全日本男子プロテニス選手会監事。

テニス界におけるアジア軽視

ーー松井さんは日本人選手として、テニス界において差別的だと感じることはありますか?

【松井】アジアは軽視されているのかなという思いはありますね。テニスの世界大会の7割くらいはヨーロッパで行われます。大会に出てポイントと賞金を稼ぐ選手たちにとって、身近なところで大会が少ないのは、やはりランキングに直接影響するんです。上位の選手の人種が偏ると、どうしても業界全体の判断も偏ることがあります。

ーーそこから差別や偏見が生まれるのでしょうか。

【松井】差別と偏見って違うんですよ。例えば差別は、「黒人はうちの会社では雇わない」とか「アジア人は来るな」ということ。偏見というのは、例えば黒人の子どもが走っているのを見て、「あいつは何か悪いことをして逃げてるんじゃないか」と思うこと。走っているのがアジア人の子なら「あいつ授業に遅れそうなんじゃないか」と思うようなこと。同じ年頃の子どもが走っているだけでも、肌の色が違うだけで全く違う印象を持つということです。僕はアメリカに住んでいましたし、アメリカ人ともよく話しますけど、昔ほど強い偏見は感じませんが、テニスに置き換えると、昔は「アジア人はテニスがヘタクソだ、遅れてる」とか、なめられたこともあるんです。

ーー2018年のデビスカップで、杉田祐一選手の試合相手ギリェルメ・クレザル選手が、ジャッジに不満をあらわにしたあと、目尻を指で引っ張り、つり目をしたことが人種差別だと評価されて罰金を受けました。

【松井】そこまであからさまなのは、今は珍しいですけどね。英語を話そうとすると、「お前の言っていることはわからない」なんて言われてスルーされる、とかはありましたよ。でもマイケル・チャンや錦織圭が試合に勝つことで、「アジア人もやるじゃん」と、評価が変わっていくんだと思うんですよ。強いアジア人がどんどん表に出てくることでアジア株も上がっているし、リスペクトされるようになっているよね。

 スポーツ選手は、そのスポーツの世界を変えようと思ったときに、結果を出すことが一番大事なんだと思うんです。なおみちゃんがやっていることは全然否定しないし、彼女のやろうとしていることはすごく勇気のいることですよ。

ーー「スポーツ選手が政治に口を出すな」と言う意見もありました。

【松井】いや、政治についてもちゃんと話せるようなアスリートじゃないといけないと思うんです。スポーツ選手はスポーツだけやってりゃいいという話じゃなくて、いろんなことに関心を持って自分の意見を言うのは素晴らしいですよ。テニス選手がフォアハンドのことだけ考えればいということではなくて、テニス界全体を考えるとか、ラケットメーカーがどんなふうに開発販売をしているかとか、視野を広げることで、簡単にラケットを折ったりしないと思いますしね。

 でも例えば僕が、北朝鮮の拉致問題とかにすごく強い問題意識を持っていたとして、それでUSオープンの決勝を辞退するとか、そういうことがあり得る世界はちょっと怖いなと思うんです。

ーーそれはどういうことですか?

【松井】大坂なおみ選手のやりたいことの意味はわかるし、言っていることもわかる。でもそれで大会が1日キャンセルになったじゃないですか。そのキャンセルの連絡が、他の選手に行かなかったという話があるんです。彼女の対戦相手や他の選手はみんな、ベスト4に残るために、ものすごい調整や練習をしてそこに来ています。

ーーそうした他の選手の調整が崩れてしまう可能性もあるということですね。

【松井】差別の問題は確かに重要で、一方で同じく重要な社会問題は世界にたくさんあるので、それぞれの選手が自身の強く問題意識を持っていることを訴えるために棄権するというようなことは、怖いですね。だって、それをいろんな選手がやったら大会ができなくなるので。それにあれがUSオープンの決勝だったら棄権を表明するのかな、とも思いました。

ーー前哨戦だったからということもあるかもしれないですね。そして彼女がトップ選手だからこそできたのでしょう。トップ選手で強い影響力を持つと自覚しているからこそ、あえてやったとも言えます。

【松井】そういうところが彼女がピュアなところだと思うし、ステキだなとも思います。ただ、僕がつべこべ言う話じゃないとも思いますが、選手としての立場に立つと、本心ではそういう気持ちがあるってことです。僕はさ、前哨戦のベスト4なんてもう死に物狂いで戦うよ。母親が撃ち殺されてもやると思う。だから、なおみちゃんは支持しているし応援はするけれど、選手としてモヤモヤするところはありました。

ーー彼女の言動への批判の中に、そういった他の選手のファンの気持ちも含まれていた部分はあるのかもしれないですね。

【松井】あくまで選手の立場としてはです。自分の仕事をボイコットすると、いろんな人に迷惑がかかるでしょう。だから、スポーツ選手が訴えたいことがあるとき、やはり結果を出すことで注目を集めるしかない。大坂選手のUSオープンでの黒いマスクは、結果を出すモチベーションにもなったし、アピールにもなったから、すごくいい取り組みだったと思います。

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 USオープンで、犠牲になったマスクを7枚用意していると公言して臨んだUSオープン。彼女はみごと優勝を勝ち取った。決勝のファーストセットを落としたときには危うさもよぎったけれど、不屈の精神でセカンド、ファイナルセットを奪取し、非常に感動させられた。

 日本でも様々な民族がすでに共存しているが、「日本人に見える人」が圧倒的にマジョリティな社会で、BLMは少々実感に乏しい運動だ。だが、アメリカでは黒人の子どもは「困ったことがあっても警察に頼るな」「家の外に信頼できる大人はいない」と教わると聞いた。これほど不安な社会があるだろうか。

 大坂なおみ選手は、そうした問題に真っ向から取り組んだのだ。自分のルーツに誇りを持ち、影響力の大きさをよく知った上でアピール。彼女が日本人選手としてプレーしていることを誇りに思うと同時に、これからも応援していきたいと思う。

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