2020年夏、香港で起きたこと〜ジミー・ライはなぜ逮捕されたのか

文=福島香織
【この記事のキーワード】
2020年夏、香港で起きたこと〜ジミー・ライはなぜ逮捕されたのかの画像1

GettyImagesより

(※本稿の初出は『yomyom vol.64』(新潮社)です)

 中国が今年の全人代(全国人民代表大会、5月末に開催)でいきなり香港に対して一方的に国家安全維持法(国安法)を導入したことは全世界に衝撃を与えた。

 一国二制度は昨年の香港の反送中デモを通じて、ほとんど風前の灯であったが、まさか何の駆け引きもなく、いきなり全人代開催2日前に国安法導入を審議すると発表し、わずか一週間の会期で可決であっさり導入が決定されるとは、香港市民を含め世界中の人々が予想していなかったことだろう。

 しかも6月30日午後11時をもって施行されるまで、その条文すら明らかにされず、施行された翌日の7月1日に10人のデモ参加者を国安法違反で逮捕して見せて、この法律施行が中国のはったりでないことを見せつけた。

 国安法は国家政権転覆、国家分裂、テロ、外国との結託による国家安全危害の四つの行為に参与、計画、出資などでかかわることを刑事犯罪と規定しているが、その最大の特徴は、暴力行為や恫喝を伴わなくとも、言論だけで罪に問われる点である。中国の狙いは、香港に対する言論・思想統制強化であることが、この時点ではっきり分かった。

 この香港の言論・報道の自由を完全に中国共産党指導下に置こうという狙いをもって行われたのが8月10日の黎智英(ジミー・ライ)たちの逮捕だった、と思う。

 8月10日、香港メディアグループのネクスト・デジタル会長のジミー・ライとその息子2人、ネクスト・デジタル幹部4人の7人と、元デモシストメンバーの社会活動家で、流暢な日本語を話すことから日本メディアにもよく登場する周庭(アグネス・チョウ)、英国政界との接触も多い、英国地上波ITVのフリー記者でもある李宗澤(ウイルソン・リー)や民間団体「香港故事」メンバーの李宇軒ら10人が「外国と結託して国家安全を危害する」容疑で逮捕された。

 この中で、特にジミー・ライは香港メディアのシンボルのような存在だった。ネクスト・デジタル傘下の蘋果日報本社に200人もの警官がガサ入れにはいり、25箱もの資料やパソコンを押収していく様子に、世界中のメディアが震撼したことだろう。

香港と台湾で最も売れている日刊紙

 国安法逮捕者は、今のところ香港の司法プロセスにのっとってすぐに保釈されているが、ジミー・ライを含め、起訴されるか否かはまだ不明だ。

 ジミー・ライは今、香港と台湾で最も売れている「蘋果日報」(アップル・デイリー)を発行するメディアグループ、ネクスト・デジタルの創業者であり会長であり、また10億ドル以上の資産をもつ資産家でもある。その資金は香港の民主化運動にも流れていたと、中国サイドは疑っている(本人は運動に対し資金援助はしていないと主張)。

 彼は10日の逮捕者の中で最年長の72歳。1960年に12歳で単身、広州から香港に密航し、小学校しか出ていない学歴で、不法滞在のまま工場の雑役で生き延び、苦労してためた資金を株で大きくし、ファストファッションの先駆者でもあるアパレルメーカー「ジョルダーノ」で成功。天安門事件を非難するTシャツなどを作り、大ヒットさせ、さらにその利益で新聞を発行し、いまのネクスト・デジタルを創り上げた。以来、反共民主のスタンスを貫いている。

 今や香港、台湾で一番売れている日刊紙であり、香港での発行部数は一時7万部ぐらいに落ちこんだときもあったが、ジミー・ライ逮捕後は再び50万部規模で売れている。

 中国サイドからは「香港の乱を起こした“四人組”」[元民主党主席の何俊仁(アルバート・ホー)、民主党創始者の李柱銘(マーティン・リー)、初代政務長官の陳方安生(アンソン・チャン)とジミー・ライ]の筆頭としてジミー・ライは敵視されてきた。国安法施行後はまっさきに逮捕されるであろう、ともみられていた。

1 2

「2020年夏、香港で起きたこと〜ジミー・ライはなぜ逮捕されたのか」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。