2020年夏、香港で起きたこと〜ジミー・ライはなぜ逮捕されたのか

文=福島香織
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米国政界との太いパイプ

 ジミー・ライが中国から危険視されてきた背景の一つとして、米国政界とのパイプの太さもある。昨年7月にジミー・ライはペンス米副大統領、ポンペオ国務長官に直接面会し、香港の民主派への支持をとりつけていた。今回のジミー・ライ逮捕について、トランプ大統領は明確に彼への支持を表明し、その勇気をたたえていた。ペンス副大統領も、ジミー・ライの逮捕は「中国政府が香港の自由を剥奪したさらなる証拠」とツイッターで述べている。

 ジミー・ライと米国政界をつなげたのは、彼の右腕としてネクスト・デジタル幹部に在籍していたマーク・サイモン。彼はすでに香港を脱出して台湾におり、香港警察から国安法違反で指名手配を受けている。

 中国側に言わせれば、マーク・サイモンはCIAの手先だという。彼の父親がCIA職員であり、自分自身もインターンとして海軍情報局で仕事をしたことがあった、というのは本人も語るところで、米共和党香港支部主席も務めたことがあり、米国政界に様々なコネクションがあったことは事実だ。

 また、香港における民主化活動の資金源としてもジミー・ライは中国から目をつけられていた。

 香港紙「大公報」などによれば、ジミー・ライの長男は詐欺罪容疑、次男は外国との結託による国家安全危害の容疑に問われており、彼らがジミー・ライとともに資金洗浄に加担していたのではないかと疑われているようだ。ジミー・ライは、営業許可登録をしていない「力高有限公司」という「企業秘書業務」(経営アシスタント)の会社をもっているが、この「力高」は2016年からジミー・ライの次男が経営するレストランなど9社の経営アシスタントを行っていた。ちなみに、このレストランには、客の飲み残しの飲料を別の客に出していたという「飲み残しレモンティー事件」が暴露され、社会面ニュースにもなった「四季常餐」も含まれている。

 こうしたビジネスプロセスを利用して脱税や利益移転などが行われているとみられ6月中旬に経済案件として香港警察からガサ入れを受けていた。また長男もかつてペーパーカンパニーをつくったことがあり、米当局から資金洗浄を疑われてビジネスビザを取り消されたこともあったとか。このときマーク・サイモンが仲介にたって問題解決に動いたことがあったようだ。

 伝えられるスキャンダルが、どこまで事実に基づくものかは、わからない。ジミー・ライは中国当局、香港警察から目の敵にされてきた。家に火炎瓶が投げ込まれたり、門に自動車が突っ込んできたり、斧と脅迫状が家の前におかれていたり、たびたび脅迫や嫌がらせを受けてきたが、香港警察はまともに捜査していない。

 こうした資金が、2014年のオキュパイセントラル運動(雨傘運動)などの運動を支える寄付金やクラウドファンディングに流れているのではないか、と中国サイドは疑っている。

 もっとも、資金洗浄疑惑も、ジミー・ライの米国政界へのロビー活動も、国安法施行前のことであり、国安法が法の不遡及の原則をうたっている以上、国安法違反容疑に問える証拠があるとは到底思えない。国安法はまともな法律ではなく、中国共産党が言論と思想を弾圧するため使う法の体裁をとったツールといえるので、証拠のあるなしにかかわらず、今このタイミングで、ジミー・ライらを逮捕する目的があったということだろう。

多くの若者が「セルフメディア」を作る中で

 私はその目的が、香港メディア、そして西側メディアに対する一種の見せしめではないか、と思っている。

 香港はメディア天国と呼ばれ、ジャーナリストビザの必要もなく、誰もがメディアを作り、記者になれる。ビジネスである程度の金をもてば新聞を発行したり、小さな書店や出版社を作ったりする、という伝統があり、今も、インターネットやSNSなどプラットフォームの多様化によって、多くの若者が「セルフメディア」を作り、独自ダネを発信している。

 昨年の反送中デモ報道でも、セルフメディアが特ダネ的写真や映像を押さえて大手メディアがそれを使用するなんて場面も結構あった。私も雨傘運動以来、セルフメディアの若者たちと現場で協力しあうことが多い。

 香港のオールドメディアは中国共産党にかなり厳格にコントロールされているが、セルフメディアやニューメディアは中共の統制外にあって果敢に取材している。彼らのモチベーションには、強権に屈しない報道が香港を香港たらしめてきた、という自負があり、その象徴的な存在としてかつては「明報」創刊者の金庸(査良鏞)らがおり、今はジミー・ライがいる。ジミー・ライ逮捕は、こうした戦うメディアの象徴が中共に屈する姿を見せつけて、メディアの戦意を失わせようということなのではないだろうか。

 私はジミー・ライに2002年の春先に一度、インタビューしたことがある。このとき、確か、蘋果日報を広東省で発行したい、という夢について語っていた。今から思えば隔世の感だが、改革開放路線の波にのって上海が経済的に急成長中で、北京では五輪の開催が決定していた当時、一国二制度で法治と自由がある香港の影響力が深圳特区を通って広東省に広がり、いずれは中国も民主化していくのではないか、と夢見る人も多かったのだ。そうした中国の民主化を後押しするのがメディアであり、蘋果日報が広東省で一番売れる新聞になる、というのはけっしてありえなさそうな話には思えなかった。

 香港は英国統治下ではぐくまれた法治と自由という西側の価値観を一国二制度で維持することを許されたまま、中国の一部となった。異なる価値観を中国共産党的全体主義の国に移植すれば、ふつう移植した部分が壊死するか、移植されたレシピエントが免疫不全を起こすかしそうなものだったが、そうはならず、奇跡的に西側自由主義的価値観と中共的全体主義的価値観をつなぐゲートウェイの役割を果たし、双方を豊かにすることに貢献した。だが、習近平政権がそれを破壊した。習近平は恐れたのだ。香港からくる自由によって共産党体制が解体されてしまう、と。

 だが国安法によって、香港の言論の自由、報道の自由を封じ込めてしまえば、共産党体制が安泰だと思っているのなら、それはおおいなる誤解だろう。

 共産党体制はすでに、90年代から崩壊寸前のまま数十年を耐えていたのだ。ただ香港を通じて、西側社会からの資金と技術と価値観を受け入れることで、この機能不全を起こしかけていた古い体制も、一時的に健康状態が改善したように見えただけだ。中国が香港に影響され変わることをおそれるあまり香港をつぶすことは、移植された臓器を自ら破壊するようなものであり、おそらくは死期を早めることになるだろう。

(※本稿の初出は『yomyom vol.64』(新潮社)です)

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