「この犯罪者め!!」コロナ禍のカナダで味わった、これまでとは違う「アジア人差別」

文=秋ひのこ
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 話はウイルスに戻る。そういう元々アジア人が嫌いな人たちと、今回の新たなアジア人差別がどのくらい重なるのかはわからない。元々くすぶっていたアジア人差別が表面化した、という報道もあった。他の国では唾を吐かれた人、殴られた人もいる中、私は一度も身体的被害に遭わず、幸運だった。

 にもかかわらず人間不信でヒキコモリと化してしまったひよっ子の私。その周囲では、周囲というのはつまりカナダ社会のことですが、美しき人類愛と愛国心がほとばしっていた。移民国家で、こんなにもてんでばらばらな人間が暮らしているこの国が見せた、未だかつてない国民一致団結。オリンピックでさえここまでまとまらない。

 その中のひとつに、「午後七時の応援(7O’clock cheer)」というものがあった。医療従事者をはじめ新型コロナウイルス対策の最前線で働いている人たちに、直接「ありがとう」や「がんばれ」を言えないので、夜七時きっかりに楽器を奏で、時に歌い、拍手をしたり鍋釜をカンカン鳴らして気持ちを伝えようという殊勝な運動。これをみて「人間ていいな」と思えない人は問題を抱えているに違いない。

 私のことだ。

 実は最初、私はこれに苛々していた。天邪鬼(あまのじゃく)なのでそういうのは偽善だと思ったし、あんたらの中に横飛び族いるんじゃないの。昼間はアジア人を傷つけて夜は博愛主義かよ、と冷めた目で見てしまうし、単純に音がやかましい。

 そうこうしているうちに、うちの近所ではカンカンだけでなくブウォ~~という、アフリカかどこかの民族楽器のような謎の音まで混じり始めた。そのブウォ~~の人が気がつけば導き役となり、七時きっかりにブウォ~~~が鳴り、カンカンカン……とあっちからもこっちからも協奏していくのである。

 今日もだよ、うるさいなあ。ぶつぶつ思いながら、しかしある日見てしまった。お隣さんがベランダに出てオタマとお鍋でカンカンやって踊っているのを。お隣さんまで……!! ちなみに、お隣さんは黒くぱっちりしたお目々、豊かな黒髪が素敵な若奥さんで、その踊る姿が小鳥のように可愛らしいのだ。

 そして私は思った。参加してみればいいのだと。参加してみたら、苛々がおさまるかもしれない。趣意は激しく間違っているが、とにかく目の前にあるお箸と小皿を手にして私は叩いた。

 カンカンカン(私)。

 ブウォ~~~~~。カンカンカン、ガンガンガン、カカカカカ、チーンチーン、ブウォ~~~~(めぼしい楽器や歌声はなく、主に鍋釜でがんばるうちの近所)。

 さすがにベランダに身を晒して参加する気はないのだけど(動機が不純すぎて)、目論見は見事に当たった。不思議なほど、うるさく聴こえなくなった。やがて、カンカンは「あ、もう七時」という梵鐘みたいな位置づけとなり、ついぞ「ありがとう」「がんばれ」というハートウォーミングな意義が私に根づくことはない一方で、愛を送る行為に邪悪な疑いの目を向けることもなくなった。浄化されたのだ!(どうだろう)

 ただ、それも六月にはひとり、またひとり参加者が減り、ブウォ~~の人も現れたり現れなかったり。隣の若奥さんも出てこず、私もやらなくなってしまった。

 これを書いている七月下旬、もう七時の梵鐘(仮名)は聴こえない。気がつけば規制もずいぶん緩和され、外に出た時の肌感覚とでもいうのだろうか、緊迫がほぐれてきているのがわかる。横飛び族もいなくなったし、誰かにウイルス扱いされることもなくなった。

 とはいえ、ぐっさり刺さった対人恐怖はまだ消えず、人が多い場所では努めて誰とも目を合わせず、早歩きする癖が未だに抜けない。横飛び族たちが出現したのは、三月から五月のたった二ヶ月半ほどでしかないのに。

 ただ、ふと考える。今回のウイルスがもしアフリカで発生していたら? 南米で発生していたら? そもそも日本で暮らしていたら、私は「嫌われる側」ではなかったはずだ。

 日常の差別とは質の異なるこの偏見。本当に怖いのは、「嫌われる対象」が自分ではない場合なのかもしれない。誰かに対して「ひー! 近寄るな!」と、びょーんと飛び退かずにいられるか。

 偏見をなくすには相手を知るしかないけれど、「恐怖」を大義名分に、顔も名前も知らない不特定多数を、蚊をばちんと叩くほどの意識の低さで嫌ってしまうことを思いとどまるのは、なかなか高度だ。

 でも、教訓。人の振り見て我が振りなおせ。ウイルスを憎んで、ヒトを憎まず。「恐怖」を言い訳に他人を傷つけることに、自分は鈍感になってしまいませんように。綺麗ごとだなぁと苦笑いしつつ、そう思う。

(※本稿の初出は『yomyom vol.64』(新潮社)です)

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