「裏アカ特定サービス」は法的にOK? SNS時代の就職活動

文=宮西瀬名
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GettyImagesより

 今年9月、企業専門の調査会社・企業調査センターが新卒求職者がSNS上に作成した“裏アカ(裏アカウント)”を特定するサービスを発表し、「ネットストーキングでは 」「さすがに気味が悪い」といった反応がSNSでは多く見られた。

 裏アカウントの特定はプライバシー侵害の恐れがあるだけでなく、なにより裏アカにて投稿した内容を合否の判断材料にすることは問題ないのだろうか。採用問題に精通している弁護士の井上祐一氏に話を伺った。

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井上 祐一
弁護士法人井上・菊永法律事務所の代表弁護士。東京の大手弁護士法人での勤務を経て、現在に至る。弁護士として、企業法務や労働審判などの業務を取り扱っている。事務所では、労務セミナーの開催なども積極的に行っている。最近の著書として、「中途採用の法律と実務」(日本法令)。

正当な理由なく裏アカを特定してはいけない

 まず前提として、このような「裏アカ特定サービス」を取り締まる法律はない。

井上氏「求職者のアカウントに不正にアクセスして情報を得る等、特定する手段が違法になることはあります。しかし、そのような違法手段をとることなく、求職者が公表しているSNSの情報を基にして調査した結果、求職者の裏アカの存在を示す調査結果を企業に提供するだけであれば問題は生じないでしょう」

 また、企業側が求職者のSNSをチェックすることも、法的には問題がないという。

井上氏「SNSは利用者(求職者)が自ら不特定多数に公表している情報であるため、プライバシー面での問題はありません。もちろん、求職者のアカウントに不正にアクセスして情報を得たり、いわゆる鍵アカに不正にアクセスして情報を得たりするなど、情報収集の手段によっては問題が発生する場合があります。

 ただ、個人情報との関係では、『職業安定法第5条の4』に違反しないかが問題となります。

 まず、個人情報の収集方法については、本人から直接収集するか、または本人の同意の下で本人以外の者から収集する等、適法かつ公正な手段による必要があるとされています。そして、厚生労働省職業安定局では、適法かつ公正な手段として、本人が不特定多数に公表している情報から収集する場合も含まれるとされています。そのため、SNSから収集すること自体は同条に違反しないと言えるでしょう」

 しかし一方で、業務の範囲を超えた個人情報の収集は認められていない。

井上氏「『職業安定法第5条の4』では、個人情報の収集範囲は本人の同意がある場合もしくは正当な理由がある場合を除き、『業務の目的の達成に必要な範囲(採用業務に必要な範囲)』に限定されています。

 特に、①人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となる恐れのある事項、②思想および信条に関する事項、③労働組合の加入状況に関する事項については、特別な業務上の必要性が存在すること、その他業務の目的の達成に不可欠であって収集目的を示して本人から収集する場合を除いては認められていません。そのため、企業の業務の目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を収集した場合には、同条に違反します」

企業は求職者の思想や信条を採用基準に入れてはいけない

 では、「業務の目的の達成に必要な範囲」とはどこまでか。この曖昧な線引きを、どう解釈すれば良いのか。

井上氏「近年、採用に関しては、『人物主義』、『能力主義』が重視されています。要は、企業は求職者の能力や経験、知識などから採用を決めるべきであり、それとは無関係な事情(思想、信条等)によって求職者の採否を決めるべきではないというものです。業務の目的の達成に必要な範囲の個人情報というのも、そのような情報に限定されるものと言えます。

 つまり、SNSで公表されていたからといって、企業はどのような個人情報でも収集して良いということではないと言えます。

 ただ、採用担当者が求職者のSNSをチェックした際、採用業務に不要な情報を目にしただけでは“収集した”とまでは言えないでしょう。その情報を求職者の採否を決定するための判断要素としてピックアップし、採用担当者間で共有できる状態を作り出したり、周知したりした場合に“収集した”と言えるものと考えます。

 さらに、個人情報の使用についても、本人の同意がある場合もしくは正当な理由がある場合を除き、業務の目的の達成に必要な範囲での使用に限定されています。上記のような収集してはならない個人情報を判断要素として使用し、求職者の採否を決定することもできません。これらのことから、企業は求職者のSNSをチェックすることはできるものの、『人物主義』、『能力主義』の観点からは不要といえる個人情報を収集したり、採否の判断要素として使用したりすることはできません。採用する企業側はこの点に注意が必要と言えます」

 また、ネットではよくあることだが、アカウントの誤認もあり得る。

井上氏「裏アカ特定サービスにより特定された裏アカは、それが実は求職者本人のものではない場合があることには注意が必要です。仮に求職者とは別人のものであった場合、間違った情報をもとに企業が採用の可否を判断したこととなります。

 求職者についての不用意に誤った情報を収集し、その情報を重要なものと捉えて不採用としたことが明らかとなれば、求職者から地位確認や損害賠償等を求められる可能性があります。また、企業としても、本来採用すべき人材を、誤った情報をもとに不採用とすることの損失は大きいのではないでしょうか。各企業のリスクヘッジに対する考え方にもよりますが、注意が必要です」

 裏アカ特定サービスが生まれるほど、SNSの発信は意外と「見られている」ものだ。就職・転職活動をするネットユーザー側がこのSNS時代をよりしっかり意識することも重要となってくる。鍵アカウントなどでフォロワーを極少数に限定したとしても、誰かがその情報を外部に漏らすことはあり得る。芸能人の不倫スキャンダルなどでもよくある話だが、一般市民であっても例外とは言えない。

井上氏「何らかの情報をSNSに載せる場合、不特定多数に公表することであるという点をよく理解して認識する必要があります。要は、情報を与える相手を選ぶことはできないということです。誰が見ているかわからないことをよく認識し、誰に見られても良い情報のみを載せることが重要でしょう。

 たとえば就活過程の様子を無断でSNSに投稿することは、しない方が良いです。面接での質問内容は他言が禁止されている場合が多いと思います。その場合、面接の内容や様子をSNSに載せて安易に不特定多数に公表してしまえば、企業から責任追及される可能性もあります。

 さらに、事実無根の情報はもとより、誤った情報を載せたり、誤って受け取られるような表現で載せたりして、企業に対する誤ったイメージを不特定多数に与えてしまうことがあれば、業務妨害等として企業から責任追及される可能性もあるのです」

 「本アカウント」にしろ「裏アカウント」にしろ、SNSでの情報発信は、不特定多数に公表するものだ。SNSが当たり前のものになりすぎて意識していないユーザーも多いだろうが、このことをよく理解しておく必要があることは間違いない。

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