
浮世博史さん
関東大震災での朝鮮人虐殺などなかった、日本の朝鮮統治は植民地ではない、戦後の日本人はGHQに洗脳されている──21世紀に入った頃から日本史の定説とはまったく異なる歴史認識が一部の人々の間で広まりを見せ、インターネットの普及とともにその勢いは増している。
2018年11月に出版された百田尚樹氏の『日本国紀』(幻冬舎)にも、これらの認識に基づいた記述が多くある。『日本国紀』はそもそもWikipediaからの転用疑惑が取り沙汰されるなど問題の多いとされる歴史書だが、日本史の専門家からは定説とは異なる箇所も多いと指摘されている。
現役の歴史教諭である浮世博史さんは、研究書や資料をもとに『日本国紀』における記述の誤りを指摘する活動を自身のブログにて展開。この活動は『もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート』(幻戯書房)の「古代〜近世篇」「近代〜現代篇」の2冊にまとめられた。
日本においてなぜ「歴史修正主義」の動きが起きているのか? また、その問題点はなにか? 話を聞いた。

浮世博史
奈良県の私立西大和学園中学校・高等学校社会科教諭。私立四天王寺中学校・高等学校社会科主任をへて現職。著書に『日本人の8割が知らなかったほんとうの日本史』(アチーブメント出版)、『宗教で読み解く日本史』(すばる舎)など。
──なぜ『日本国紀』の記述の誤りを指摘する作業を始めようと思ったのですか?
浮世博史(以下、浮世) かねてから、いわゆる“歴史修正主義”といわれるものがネットを中心に流行していることは気になっていました。「関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった」とか「日本は朝鮮半島を植民地にしたわけではない」とか──。
いまの子どもたちはそもそもネットをあまり信用していないので、そういった話を鵜呑みにすることもないのですが、市民講座などで講演すると大人たちがそういったネット上の言説をもとにした質問を投げかけてきたりするんですね。それで、「なんとかしないと」とは思っていたんです。
ただ、そういったトンデモ話はネット上のあちこちに散らばっていて、誤りを指摘しようにも、どこから手をつけていいか分からない状態でした。
──そこに『日本国紀』が出版されたと。
浮世 本を手に取る前はむしろ楽しみにしていたんですよ。百田さんはベストセラー作家ですし、「小説家の手腕によって日本史がより分かりやすく、みんなに興味をもってもらえるものになるかもしれない」と期待していました。
ただ、いざ読んでみると、ページをめくるたびにどこかしらで引っかかりがあるような本だったわけです。
それこそ、「歴史修正主義のデパート」というか、ネット上に転がっている問題ある俗説が寄せ集められていました。
そこで、ふと気がついたんです。この本の誤りをひとつひとつ指摘していけば、それまで散逸していて手がつけられなかった歴史修正主義の広がりに対して「これは事実でない。定説ではこうなっている」と説明できるかもしれない、と。