超保守派・最高裁判事の誕生か
トランプが選挙集会を再開した12日から4日間、ワシントンD.C.では最高裁判事に指名されたエイミー・コーニー・バレット判事の公聴会が開かれた。前回の『トランプのコロナ感染をジョークに~モラル vs. 米国民の本音』に書いたように、トランプと共和党が大統領選の前に超保守派のバレット判事を任命するべく、予定を詰め込んだのだった。
バレット判事は9月に亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の後任として指名されたわけだが、両者の思想は全く異なる。バレット判事はギンズバーグ判事が長年にわたって戦い、勝ち取ってきた女性の権利をことごとく手放すとされている。
そのバレット判事が公聴会の冒頭、同じ女性としてギンズバーグ判事に敬意を表しながら、公聴会本編では避妊や中絶問題についてすら自身の考えを表明せず、「法律家でありながら政治的である」と大きく批判された。さらには米国修正第1条が保障する5つの自由を聞かれた際、「表現(speech)」「信仰(religion)」「報道(press)」「集会(assembly)」の4つのみを挙げ、5つ目の「請願権(Redress or Protest)」を言えなかったことは法律家としてあるまじき姿であった。
しかし、トランプを盾に共和党の勢力拡大に邁進するミッチ・マコーネル上院多数党院内総務は、10月中にバレット判事の任命を終えると発言している。アメリカの民主主義が崩壊しつつあると言われる所以である。
トランプのコロナ感染をジョークに〜モラル vs. 米国民の本音
11月3日の大統領選まで1カ月を切った今、アメリカはトランプとホワイトハウス主要スタッフの新型コロナウイルス感染によって前代未聞の騒ぎとなっている。トラン…
ディベート/ミソジニー/蠅
15日に予定されていたジョー・バイデンとトランプの第2回ディベートは中止となった。トランプが感染後であることからバイデン側がヴァーチャルでのディベートを提案したところ、トランプが拒否。ヴァーチャルでは初回ディベートで行なった、バイデンの発言中も喋り続けて遮る手法が使えないからであろう(第1回ディベートは発言の遮りによる「史上最悪のディベート」と評された)、もしくはコロナ感染後で90分は体力が保たないのでは、などと推測された。
同日はディベートの代わりに両者それぞれが単独のタウンホール・ミーティングを開催した。一般有権者からの質問に候補者が答える形式だ。バイデンは90分、トランプは60分であった。
これに先立つ7日には、マイク・ペンス副大統領(共和党)とカマラ・ハリス副大統領候補(民主党)による、副大統領候補ディベートが行われた。ペンスはトランプと異なり口調は穏やかながら、トランプ同様に頻繁にハリスの発言を遮った。そのたびにハリスが余裕の笑みを浮かべながら「私が話している最中です」と切り返したことが大きな話題となった。ハリスが女性であることから、ペンスのミソジニーの表れとも言われた。
ディベートでは予期せぬアクシデントも起こった。ペンスの発言中に大きなハエがペンスの頭に止まり、発言の2分間留まったのだ。ペンスは白髪であるだけにハエは非常に目立ち、しかし6フィート離れたテーブルに座る司会者は何もすることができず、視聴者は2分間ハエを見つめ続けることとなった。この件がその週のNBC「サタデーナイトライブ」でネタとされたことは言うまでもない。
22日に開催される最後の大統領ディベートは双方が出場を決めている。過去のディベートの「遮り」の酷さにより、片方の発言中は他方のマイクをミュートするルールが定められた。
大統領に求められるもの:人としての感情
アメリカの大統領選は有権者が支持する候補者に投票する形式だが、直接投票ではない。州毎により多くの票を得た候補者がその州の「選挙人」を獲得する。選挙人の数は州の人口によって異なる。この「選挙人制度」により、前回の選挙ではヒラリー・クリントンがトランプより約300万票多く得たにも関わらず、敗戦している。
よって候補者は、例えば民主党が圧倒的に強いニューヨーク州、逆に強固な共和党のノース・ダコタ州などではあまり選挙活動を行わない。どれほど活動しても結果は変わらないからだ。代わりにスイング・ステート(激戦州)と呼ばれる、民主党と共和党の支持者数が拮抗している州での選挙活動を熱心に行う。退院後のトランプはスイング・ステートを集中的に訪れている。
一方、バイデンとハリスは中西部を回っている。
ミシガン州では、コロナ禍によるロックダウンを続けるグレッチェン・ウィトマー州知事の誘拐を企んだ、ロックダウン反対派の6人が逮捕されたばかりだ。ところがトランプは集会でウィトマー州知事の話を持ち出し、支持者に「彼女を刑務所に閉じ込めろ!(Lock her up!)」と繰り返させた。そこには正当な理屈などもはや存在しない。
ミシガン州では銃を他者から見えるように持ち歩く「オープン・キャリー」が合法だが、「投票者への脅威」になるとして、今年は投票所でのオープン・キャリーが禁じられた。
このミシガン州にはバイデンだけでなく、今回の大統領選に立候補し、先の副大統領ディベートではハリスのコーチ役を務めたピート・ブーテジェッジも応援に駆け付けている。同じく立候補者であったアンドリュー・ヤンもバイデン/ハリス陣営のキャンペーンに参加している。バイデンは当選した場合、78歳と米国史上最高齢の大統領となる。ブーテジェッジ、ヤンの起用は若い有権者へのアピールなのだ。
バイデンは21日にはペンシルヴェニア州を訪れるが、この日はオバマ元大統領もやって来る。バイデンの手堅い人気は、そもそもはオバマ政権下の副大統領であり、オバマ元大統領と「ブラザー」と呼び合う親友であったことが大きい。「オバマの政策を受け継ぐ」とみなされているのだ。そこで今も国民的人気を保つオバマ元大統領を迎え、投票日に向けて一気に盛り上げていくとみられる。
オバマ元大統領自身、4年前よりトランプには憂慮していたが、今年に入って直接的なトランプ批判を繰り返している。例えば「我々の国のために、ドナルド・トランプが職務を真剣に捉えることに興味を示すかと期待していた。だが、そうはならなかった」など。
このようなトランプ批判も当然行われるが、 バイデン/ハリスの選挙活動はポジティヴだ。根底に2人の、人間として当たり前の「他者への共感」、つまり国民を思いやる気持ちがあるからだ。こうした感情を意味する「empathy(エンパシー)」という言葉が2人のキャンペーンではよく使われる。国を感情だけで治めることはもちろん出来ない。だが、国民への共感無くして大統領は務まらない。コロナの抑制を行わずに米国3.3億人の命を危機に晒し、その危機と戦うファウチ博士やウィトマー州知事の命をオモチャのように扱う大統領に、もうこれ以上アメリカと世界を委ねるわけにはいかないのである。
(堂本かおる)
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