安倍政権が行った3つの性的マイノリティ政策と、行わなかった数々のこと

文=石田仁
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GettyImagesより

 世間において性的マイノリティ(LGBT等)に関する取り組みは、2010年代に飛躍的に高まった。企業の社員研修は頻繁になされるようになり、全国各地で開催されるLGBTパレードも年を追うごとに参加者が多くなっている。自治体の同性パートナーシップ認定制度は今年9月末段階ですでに60自治体にのぼり、その自治体の人口カバー率は、全国の29.6%に達している[1]。

 こうした機運に対して国政はどう動いてきたのだろうか。性的マイノリティ当事者からは、性同一性障害特例法の改正や、公営住宅の同性パートナーとしての利用、政治家の差別発言の撤回などを求めてきたが、安倍政権はこれらに応えることはしてきたのだろうか。本稿では第二次安倍政権が、性的マイノリティに関する政策の何を進めようとし、何を進めようとしなかったのかを総合的に検証したい。

 2012年12月から2020年9月までの長期にわたる安倍政権の中で、実際の施策として実を結んだ内容とは、主に自殺対策・学校教育・パワハラ防止法の3点である。

安倍政権がしてきたこと

◆自殺対策

 2000年代、国内の自殺者は年間3万人を超え、高止まりをみせていた。2012年に民主党・鳩山内閣時代は自殺対策加速プランとして『自殺総合対策大綱』を公表した。この時「性的マイノリティ」が明記され、背景に無理解や偏見等があることが指摘された。国の文書の中に初めて性的マイノリティ概念が盛り込まれることとなったこの大綱は、第二次安倍政権下の2017年に改訂された。そこでは「性的マイノリティへの支援の充実」が唱えられるとともに、担当府省の具体的施策の対象となった[2]。

◆学校教育

 同じく民主党時代、文科省は教育委員会にむけて、「性同一性障害」を抱える子どもに配慮を求める通知を発出していた。第二次安倍政権では、2015年に通知を新しくし、支援の対象を「性的マイノリティ」に拡げた。また翌16年には周知資料としてQ&A集が配られた。

 二度の政権の通知は、性的マイノリティに関する学校教育行政の取り組みの端緒をつけたが、15年と16年に至っても、その記述のほとんどは、依然として性同一性障害について書かれているにとどまり、同性愛・両性愛を積極的な支援の対象とみなしていないことが言外によく分かるものであった[3]。

 これは自民党の性的マイノリティに対する「区別」的な態度、すなわち、性同一性障害には寛容的な態度をとるが、そうではないトランスジェンダーや、両性愛・同性愛には不寛容である態度をよく反映するものである。

 17年には学習指導要領の改訂が予告され、パブリックコメントが募集された。性的マイノリティに関する適切な記載を盛り込むように求める意見が多数集まったが、文科省はゼロ回答であった。

 同じ頃、中学校の道徳の教科化(19年~)が決定するなどして、節度や愛国心の一層の強調がはかられた。教科書会社は検定意見に応じつつも、性的マイノリティに関する記述を「公平・公正・社会正義」や「友人・信頼」の項目において盛り込むという積極的な姿勢をみせた[4]。国と教科書会社の対比が鮮明になった非常に興味深い出来事であった。

◆パワハラ防止法

 安倍政権での性的マイノリティに関する最大の施策は、改正労働施策総合推進法の成立・施行であるといえる。この法律は一般的にパワハラ防止法と呼ばれる。2020年6月に施行され、大企業やすべての自治体が対象となった。中小企業は22年4月から対象となる。

 同法では雇用者の防止措置義務が明確にされ、防止措置の内容は、別の「指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)に定めると同法で規定された。その「指針」には、労働者の性的指向(どのような性別の人に性的に惹かれるのか、惹かれないのか)・性自認(自分の性別に関する持続した一貫性)の情報に関する、了解を得ない暴露(アウティング)や、性的指向・性自認に基づいた侮辱的な言動(ハラスメント)を防止する措置を講じることが盛り込まれた[5]。

 以上が7年超におよぶ安倍政権が行ってきた性的マイノリティに関する主な政策である。この他にも改善がみられた施策・法整備を列挙することはできるが[6]、大きく進展したとみられる取り組みは、自殺対策と学校教育、パワハラ防止法程度であった。しかもそのうちの前2点は、民主党下ですでに進められてきた内容であった。

 それでは、安倍政権が「してこなかった政策」とは何だろうか。残念ながらそれは多くあると言わざるをえない。性同一性障害特例法の改正、男女共同参画基本計画の性的マイノリティ部分の積極的な施策推進、同性カップルの公営住宅利用の整備、包括的な反差別法の制定などが「してこなかったこと」リストとして挙げられる。またそれらの論点と密接に関連する国際社会の助言に無視しつづけてきたことも、安倍政権の大きな特徴であった。

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