◆同性婚 民意や支持者の意見は反映されているか
ポスト安倍政権で注目されるのは、同性婚の法制化のゆくえである。
与党・自由民主党は、同性婚について認めていない。その理由として、「婚姻」は、憲法24条第1項において両性の合意のみに基づいて成立するとし、同性の婚姻を認めることを想定していないからであるとしている[15]。これは現在行われている同性婚に関する訴訟(「結婚の自由をすべての人に」訴訟)の国側の主張でもある。
ただし法を読み解くには、立法趣旨にさかのぼって解することが重要とされる。憲法の制定当時、たしかに同性同士の結婚は想定されていなかったと思われる。しかし24条のいう「両性」の「合意」とは、戸主(多くは男性)同士の合意として定められていた婚姻制度を解体するために書き込まれた。すなわち「男と女の」結婚を強調するためではなく、戸主優越の前近代的発想を排除し、男女「対等な」結婚を強調するためであったが、教科書レベルのこの常識を自民党が(意図的に)看過し、あるいは誤読しているのは興味深い現象である。
自民党が党として同性婚を認めない一方、世論において同性婚の法制化は支持されているのだろうか。無作為抽出、つまり日本在住者の世論を反映していると考えられる全国調査の結果を見てみたい。以下の調査はいずれも調査対象者を20-79歳として設定しているので、その年齢層の社会意識と考えていただきたい。2015年調査では、回答者(1,259人)の51.2%が〈賛成〉で、41.3%が〈反対〉をしていた(残りは無回答)。4年後の2019年に行われた調査では、〈賛成〉は回答者(2,626人)中、64.8%と14ポイント程度増加し、〈反対〉は30.0%と11ポイント程度減少している(図1)[16]。3人に2人近くは同性婚に〈賛成〉しているのが今の世論であると言える。

図1 2つの全国調査における同性婚賛否の割合
[ ]内は〈賛成〉者の割合。
他方、自民党支持者における同性婚の法制化はどうだろうか。40-69歳対象のネットモニタ調査という限定性はあるが、先日公表された調査結果を紹介したい[17]。自民党支持者において同性婚に〈反対〉(反対+やや反対)する人々の割合は、社会民主党、れいわ新鮮組、公明党、日本共産党、立憲民主党に比べると、統計的に有意に高かった。しかしそれでも41.5%であり半数に及んでいない(図2)。自民党のLGBTに関する政策は、支持者の意向を反映したものであるか問われる結果となっている。

図2 支持政党別にみた同性婚<反対>者の割合
棒グラフは〈反対〉者の割合。たとえば、自民党を支持政党として回答した323人中、41.5%が同性婚法制化に「反対」あるいは「やや反対」と答えていた。
◆「二項択一」のショー
安倍政権は長期にわたったが、先に述べた通り、性的マイノリティに関する取り組みは、自殺防止対策大綱の政策推進とパワハラ防止法の成立を除くそのほとんどが、既存の政策を小手先で修正するにとどまっていたと評価せざるを得ない。国際人権保障機関からの所見や勧告に対しては、不誠実ともとれる回答を返し、不作為を続けていた(しかもその怠慢は国際社会に見抜かれていた)。
現在の国内の政治状況をかんがみると、次の日本に必要なのは差別禁止法の早期成立である。
差別禁止法は必要である。一昨年の暮より、ツイッターではトランス女性に対する差別が強まっている。その潮流はフェミニストを名乗るユーザーと合流し、トランス女性が「女性」用の空間の安全を脅かしていると主張。憎悪を煽ってきた。140字を上限とする投稿を読むと一見正当な主張にも読め、まさにそれゆえ短文のツイッター空間でしか生き延びられない言説ではある。
この言説の特徴は、筆者からすれば「女性の生命・生活の安全」と「トランス女性の選択」という二項択一の選択肢を仮構し、どちらかを読み手に選ぶよう喚起する「議論」の形式を有している。つまり、トランス女性というカテゴリーに属する者を虞犯者として位置づけ、“あなたは虞犯者を助長させるのか、それとも虞犯者に脅かされ続けられる女性の生命・生活を守るのか”という二項択一を迫るものである。
しかし、この選択肢の制限そのものが奇妙である。重要な、たとえば「トランスジェンダーの生命・生活の安全」といった論点などは意図的に落とされた上での「議論」を喚起するものだからである。あるカテゴリーと社会的烙印(虞犯者)を短絡するこの「議論」は差別の言説に他ならない。
思い起こされた方もいるに違いない。「女性のプロ(親)ライフかトランス女性のプロチョイスか」という「選択」には、既視感がある。それは、妊娠中絶の「議論」で、“生まれてくる命か、あるいは女性の選択か”として(フェミニストを含む)女性たちが迫られ、闘ってきた、不当な分断のやり口そのものではなかったか。あるいは、大統領選挙を控えた彼の国のように、移民や他国人を犯罪予備軍とし、ショー的なポピュリズム政治によって二者択一を迫る、憎悪の政治のやり口そのものではなかったか。ツイッターで起こっていることはツイッター世界だけの特殊な「議論」ではなく、歴史的に、また同時代的に、私たちの世界の構成のしかたとシンクロしている出来事なのである。
◆憎悪と分断の政治を終わらせるために
足立区白石区議の話に立ち戻ろう。東京都は、国に先駆けて性的マイノリティに関する差別禁止条例を制定した。オリンピックの開催をにらんで2018年に成立したこの条例は、ヘイトスピーチの集会の制限および性自認・性的指向による差別禁止を規定したものである[18]。しかし、この条例の性自認・性的指向に関する部分は、「理解増進法案」と同じく人権侵害の場合の解決手段を持っていない。よって仮に白石区議が前述の差別的見解のもとで足立区の福祉政策を進めた場合でも、区民は人権侵害の申し立てができない。その意味で、都の差別禁止条例は絵に描いた餅である。
自民党自身は、党の方針として、性的マイノリティが「カムアウトをする必要のない社会」をめざしている[19]。かたや白石区議は “今まで出会ってきた人の中にLGBTはおらず、親戚にもいない。理解しようがない”と開き直っていた[20]。このメビウスの輪のような弁明が許容されるのであれば、今後も、自民党の代議士は、ジェンダーフリーや性的マイノリティに対する無理解の発言を繰り返し行う可能性がある。理解増進法では党すらも「理解増進」できないさまを、今回の白石区議の例は物語っているように思える。
私たちが、啓発にとどまる「理解増進法」、あるいは人権救済の手立てを持たない「差別禁止法」でよしとするならば、代議士による差別発言は今後も続くことになるのだろう。そして性的マイノリティ施策は、「まずは理解」という空虚なかけ声が繰り返されることになるのだろう。必要なのは、同じあやまちをおかさない「しくみ」である。憎悪と分断の政治に振り子を振らせない社会の「しくみ」、すなわち差別を差別とみなすことのできる明確な制度である。
[1] 虹色ダイバーシティ「地方自治体の同性パートナー認知件数」2020年9月30日.
[2] 谷口洋幸「LGBT/SOGI施策を考える:国や自治体の現状からみえる課題」『ジェンダー法研究』(6)、2019年.
[3] 渡辺大輔「『性の多様性』教育の方法と展開」三成美保編『教育とLGBTIをつなぐ』青弓社、2017年.
[4] 『朝日新聞』2018年3月28日付朝刊.
[5] 神谷悠一・松岡宗嗣『LGBTとハラスメント』集英社新書、2020年.
[6] 住民票記載事項の証明書発行に性別欄を含まない書類の使用の許可(総務省)、健康保険証における通称名の記載を認める通知の発出や、性別欄を裏面に記載することを可能とした回答(厚生労働省)、収容施設でのトランスジェンダーの処遇(法務省)、「強制性交」を「強制性交等」に置き換えたこと(刑法改正)などが挙げられる。
[7] 谷口洋幸「LGBTと人権」谷口編『LGBTをめぐる法と社会』日本加除出版、2019年.
[8] 内閣府男女共同参画局「第5次男⼥共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え⽅(素案)」2020年.
[9] 谷口、日本加除出版、前掲.
[10] 谷口洋幸「国際人権の視点からみる日本の現状」LGBT法連合会編『日本と世界のLGBTの現状と課題:SOGIと人権を考える』、かもがわ出版、2019年.
[11] 以下、差別防止法と理解増進法の対比・整理は、谷口洋幸「SOGIに関する国レベルの法整備の現状」『BEYOND』(3)、2017年.
[12] 『朝日新聞』2018年8月7日付朝刊.
[13] 『朝日新聞』2020年10月5日付朝刊東京版、『毎日新聞』2020年10月6日付朝刊東京版、足立区議会ウェブサイト 本会議録画配信(2020年10月12日アクセス).
[14] 『朝日新聞』2020年10月9日付朝刊東京版.
[15] 自由民主党「LGBTに対するわが党の政策について」、2018年.
[16] 2015年調査の報告書はこちら。2019年調査の結果は未公刊。本稿が一部初公開となる。
[17] 『同性婚に関する意識調査 報告書』Marriage for All Japan、2020年、釜野さおり執筆部分.
[18] 東京都「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現をめざす条例」、2018年.
[19] 自由民主党「LGBTに対するわが党の政策について」前掲.
[20] TBSテレビ系「グッとラッく!」2020年10月8日放映分。なお、本稿を校正中の10月12日に報道があり、白石区議は態度を変え、20日の区議会本会議で謝罪するという。どのような理由から謝罪を行うのか見守る必要がある。