出産して「夢も希望もない」と泣いた…緊急事態宣言下で直面した産後うつ

文=玉居子泰子
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SNSに苦しさ吐露し「みんな同じって気づいた」

 実家には高齢とは言え両親もいるし、姉夫婦や姪も近くに住んでいる。人が複数周りにいるだけで、やはり安心できた。

「その後は2週間に1回くらいは帰ってます。あんまり滞在が長いと親も疲れちゃうから、ちょこちょこ顔を見せに行く感じです。でもつらくなった時に、行ける場所があるのはありがたい。それにつらさのピークの時に、SNSで打ち明けたら、友達が反応してくれて。『自分もそうだった』『産後うつっぽかった』っていう人がすごく多かったんです。驚きました」

 つらいのは自分だけ。自分が頑張れてないからだ。育児に向いてないからだ。

 そう思ってしまう人は多い。そして誰にも言えなくなるともっとつらくなる。

「みんな、子どもがいない私に、子育てのつらさを語らなかっただけなんだなって気づいて。話を聞いてみたらみんなそれぞれすごく大変だったんだって。大変さがあってもそういうことはあんまり発信しないから、SNSをみててもみんな幸せそうに見えて。でも私だけじゃなかったんだなと気づきました」

 自分は”産後うつ”と言えるほど、深刻な状況ではないと、あさみさんは言う。不器用ながら夫も手伝ってくれるし、大事にしてくれる。車で1時間のところにある実家の両親は体力的にはきついだろうが、孫の訪問を喜んで、娘にひとときの休息をくれる。

 もう少し娘が大きくなれば、また仕事へのワクワクも復活するかもしれない。その時を焦らず待ちながら、今は人の手をなるべく借りて、自分のペースで育児をしていこう、とあさみさんは思っている。

「でもどうだろう。また月末になると落ち込んじゃうのかな。そのときは大したことないって、思えないんですよね……」

 あさみさんは、自分で言うように「軽い方」なのかもしれない。だが、周りから見て「軽い」としても、苦しいと感じるその瞬間のつらさは、本人にしかわからないものだ。その全てが”産後うつ”なのかどうか、心療内科などの専門家に診察してもらったほうがいいのかどうか、素人では判断がつきかねる。

 そこで後編では、海外や国内の僻地などをとびまわりながら、産科医として数多くの妊産婦と向き合ってきた竹内正人医師からみた「産後うつ」ならぬ「周産期うつ」について聞いていきたい。 

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