「産後うつ」の落とし穴…あなたは「苦しい」と言っていい

文=玉居子泰子
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「産後うつ」はホルモンのせいだけではない

 竹内先生は、出産直後に疲労、集中力の低下、涙もろさ、花瓶、情緒不安定、不安、抑うつ、孤独感、絶望感などの症状が出るマタニティブルーズと、産後うつとは本来別のものだという。産婦の約25%に見られる。

「マタニティブルーズは約25%の人がなると言われていて、胎盤が娩出したことでホルモンバランスが大きく変化することによるものです。月経前症候群(PMS)を体験している女性は、バイオリズムに波があることを実感されていると思いますが、それの大きくなったものですね。でも、男性と違って女性はこうしたホルモンによる感情の波に慣れているのか、わりあい上手に順応できる人が多く、2週間ほどで落ち着く人がほとんどです」

 マタニティブルーズから産後うつに移行するケースは約5%と、その数は多くはない。

「マタニティブルーズと産後うつは、オーバーラップするところもありますが、基本的には別のもの。産後うつにもホルモンの変化は関係しているとも言われますが、実は定かではない。むしろ、もともとある考え方の癖や環境、人間関係の状態に影響されるものです。今は産後の母親に、エジンバラ産後うつ質問票という10の質問に答えてもらい、その結果でリスクが高い場合や、2週間以上抑うつ状態にある場合は、産後うつを疑われ専門家に繋ぐ、ということがなされています」

 ただ、そうしたスクリーニング制度を作っても、うつを事前に防ぐことは難しいと、竹内先生は考えている。

「本来は、たとえば私のような産科医なら産科医が、妊娠中から一人一人のことに関心を持って話を聞いて、必要ならば見守って、産後も不安をその都度聞いてあげられればいいんでしょう。でも今は、産科は妊娠中だけで、産後はリスクが高ければ保健師が訪問したり、心療内科につないだりといったワンポイントのケアになってしまう。残りの時間をどう過ごすか、といえばやはり家族、特にパートナーの理解と寄り添いがとても重要になってきます」

自分では産後うつに気づけない

 妊娠前からはっきりとしたうつ傾向や何らかの精神疾患がある人は、産前産後を通して精神科の医師や産科医のケアが必要だが、そうではない場合、産後の疲労感や不眠、気分の落ち込みなどはあっても、本人が「産後うつ」だと気づくことが難しいと竹内先生は言う。

 だからこそやはり、周りの家族が「いつもと違うな」気がついてあげることが、産後うつの重症化を防ぐ第一歩になる。

「お母さんは『赤ちゃんのためにもっと頑張ろう』『これくらい大丈夫』『うまくできない自分はダメな母親だ』などと思いがち。自分がうつ状態だと気付きにくいんです。身近にいる人、特にパートナーが異変に気付いて、どんなことに困っているかや気持ちをまず聞く。そして休めるなら休ませてあげる。ちょっとしたことと思えるようなことでも、そうした日々のケアがやっぱり必要です。幸いなことに日本では産後うつになっても、一年くらいで自然に治っていく軽症のケースは多い。大切なのは周りの気付きと助けなんです」

 産後うつが、長期化・重症化するケースは少ないとも言うが、中には薬物療法や入院が必要になるケースもある。

「本人の調子が非常に悪ければ、医師にかかり投薬治療をすることも必要でしょう。胎盤や母乳を通して赤ちゃんに届く薬量は微々たるものですから、妊娠中や授乳中だからと、赤ちゃんへの影響を気にして薬を我慢するのはかえって危険です。そして、重症でも軽症でも、些細なことがきっかけで、急にぐーっと落ち込んでいくことが、ある。やはり周りがなんとか見守っていってあげて欲しいですね」

つらさは出していい。楽になることでまた歩き出せる

 深刻な状況になる前に、子育てのしんどさを日常的に吐き出すことができれば、多くの産後うつは救えるのではないか、と竹内先生は言う。

「吐き出した方が絶対に楽だから。みんな我慢せず、つらいことはつらいと、どんどん吐き出した方がいい。もちろんみんなに言う必要はないけど、大切な人、信頼できる人には言えるといいですよ。うつっぽいと打ち明けても、『ひどい親』なんて非難する人はいないでしょう。自分が頑張って周りに迷惑をかけないようと、無理をして本来の自分じゃないところから努力をしてもなかなかうまくいきません。自分を責める前に、つらさ、しんどさをそのまま受け入れて、それを伝えてみる。私は、Accept&Startをキーワードに活動をしています。まずはお母さんが自分の状況を認める、そこからまた育児は始まっていくのだと思います」

 そして周りもまた、産後につらそうなお母さんに、声をかけてみる勇気も必要、と竹内先生は言う。

「効率主義、個人主義になっている世の中で、そう言うこと簡単にできるかどうかといえば、正直難しいと思います。でも、出産・育児は”予期せぬこと”が起こる大変な時期なんです。この大変な時を、全体で支えていこう意識が芽生えてこなければ、子供を産みたいという気持ちにもなりにくいですよね。

 シングルで育てている人もいれば、家族に頼れない事情がある人もいるでしょう。産後うつの解決策は私にも正直、わかりません。もちろん社会のしくみも大切ですが、結局は一人一人がどう関わるかしかないのでは、と思っています。勇気をもって一声かけられると、実はかけた側の心も豊かになるんです。社会にそういう心地よい循環が生まれることを願っています」

 赤ちゃんを残して親が亡くなるというニュースが流れると、「産後うつだったのでは?」とセンセーショナルに世間は騒ぎ立てる。そしてそこに何か特別な原因を見出そうとする。だが、前半のあさみさんの体験や、竹内先生の話を聞いていると、産後うつは、本当に誰もがかかりうることだと思える。

 心身ともに疲れている中で、母親一人に育児の責任がのしかかるような世の中であれば、この疾患は無くなることはないだろう。

 余計なお節介と思われても、産後のお母さんたちに少しの休憩とおしゃべりをしようと誘えるような自分でありたいと改めて思った。

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