夫婦の96%が「妻の改姓」をしている日本で、選択的夫婦別姓訴訟の原告たちが求めていること

文=和久井香菜子
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GettyImagesより

 2018年から、選択的夫婦別姓を求める裁判が複数進行している。サイボウズ社長の青野慶久氏が原告になっていることで裁判を知った人も多いだろう。2020年9月、10月に、そのうち3つの高裁判決(一審:広島地裁、東京地裁本庁及び同立川支部)が出た。

 日本では現在、日本人同士が法律婚する場合は「夫または妻の氏」に統一しなければいけない。しかし結婚する夫婦の約96%は妻が氏を変更している。外国人との結婚の場合は別姓の選択が可能で日本人同士の結婚のみ別姓が許されないのも疑問だ。通称使用を求める声が高いのは、「生まれ持った姓を変えずに結婚できればしたい」という意思の表れだろう(しかし、「通称」使用の場合、「本名」は変えることになるので、根本的な解決にはならない)。

 改めてここで考えたいのだが、原告らはなぜ、裁判を起こしたのだろうか。

 原告らは、信頼し合うパートナーであるが生まれ持った氏を変えたくないということから、法律婚をしていない事実婚夫婦だ。日本には、このように別姓を望む故に法律婚できない、または一度婚姻届を出したものの、改姓の苦痛に耐えられずペーパー離婚する夫婦がたくさんいる。

 では裁判を起こすことで何が期待できるのだろうか。

 原告らが裁判で訴えているのは、主に「夫婦同姓を強要することは憲法違反に当たるのではないか」ということだ。日本国憲法は、日本という国を形作る根幹となるルールだ。そのルールに基づいて他の法律が作られる。

 裁判所の役割には「違憲立法審査権」があり、国会が作った法律が憲法に違反していないかをチェックする機能がある。中学で習った「三権分立」だ。国会には立法権があり法律を制定でき、内閣には行政権があり法律を執行する権利がある。お互い監視し合ってバランスをとるというものだ。

 1996年に法制審議会から選択的夫婦別姓導入に関する答申があった。法制審議会は法務省に設置されており、学識経験者などから構成されている。いわば専門家からのご意見であるから、答申は尊重され、出された法案は数年以内に立法されている。ただひとつ取り残されているのが、選択的夫婦別姓だ。

 専門家たちは25年も前に選択的夫婦別姓にGOサインを出しているにもかかわらず、立法権のある国会が動かない。そこで、裁判によって「法制度化してくれ」と国会をせっつこうとしているのが選択的夫婦別姓訴訟だ。

 2015年に民法における女性の再婚禁止期間が違憲とされた際には、その翌日には対応が始まり半年後には改正民法が公布・施行された。違憲判決が出れば、国会は動かざるを得ないのだ。

 選択的夫婦別姓をめぐる裁判は、個々の訴訟によって訴えている内容は多少異なるのだが、法律に関わる部分は主に以下の5つだ。弁護士の解説をまじえて紹介していく。

■憲法14条

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 第一次訴訟の際は、氏を変える大多数が女性であるため、「性別」による差別(男女差別)があるという主張をしていた。第二次訴訟では、「改姓したくない人、生まれ持ったままの名字で結婚したい人が、法律婚できずに不利益を被っていることは、「信条により差別されない」ことに違反しているのではないか」という主張を展開している。事実婚のままでは保険の受取や相続、不妊治療の助成金対象外になるなど、不利益がやまほどある。

■憲法24条

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 「夫婦が同等の権利を有する」とあるにもかかわらず、改姓する約96%が女性であり、改姓や旧姓使用に関わる煩雑な手続きや手数料を負担するのは女性のほうだ。男性が改姓しようとすると親族から猛反対されることも多く、改姓が全くの平等のもと行われているとは言いがたい。

■民法第750条

夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

 民法750条は、解釈が主な争点になっている。夫または妻の氏を称することは、結婚の要件なのか効果なのか。氏を統一しなければ結婚できない(要件)のか、それとも氏の統一は結婚できる・できないには無関係だが、結婚した結果、夫婦は同じ氏を称する義務を負う(効果)のかということだ。これは裁判所でも意見が分かれており、2015年の最高裁判例と先日の東京高裁判決(2件)は「効果」、広島高裁判決は「要件」という判決が出た。

弁護団の野口敏彦弁護士
「夫婦同氏が結婚の要件でない(効果である)とすると、別氏のままでも結婚はできることになります。つまり、別氏でも結婚はできるけれど同氏にしなければいけない義務に反している状態だという理屈になってしまう。そうではなく、そもそも別姓を希望する婚姻届は受理されないのだから、我々は一貫してこれは『要件』だと訴えています。要件だから、別氏を望む人は結婚制度を利用することができないんです。そしてそれは、信条による差別を禁止する憲法14条に違反していると主張しています」

■女子差別撤廃条約 第16条

締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する。

                            (a) 婚姻をする同一の権利

                            (d) 子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わない。)としての同一の権利及び責任。あらゆる場合において,子の利益は至上である。

                            (g) 夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)

 男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念とした条約。1981年に発効され、日本は1985年に締結した。女子差別撤廃委員会からは2003年、2009年、2016年と再三にわたり勧告を受けているが、国会は無視し続けている。原告団はもちろんその点を指摘しているが、裁判所は主に「条約は法律ではないから従う必要がない」というようなスタンスだ。

■市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)

人間としての平等、生命に対する権利、信教・表現・集会の自由、参政権、適正手続及び公正な裁判を受ける権利など、個人の市民的・政治的権利を尊重し、確保する即時的義務を定めた条約。

 1966年に採択され1976年に発効した。日本は1979年に批准。

弁護団の川尻恵理子弁護士
「条約というのは法令なんです。憲法でも『日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする』と言っているので、条約は守らなければいけないんです。しかし裁判所は『条約には裁判規範性がない』と言っています。裁判所では適用されないことだ、と言うのです。これは『我が国で条約を法令として認めない』と言っているようなものです。

 また日本は女性差別撤廃委員会の審査を過去に何回も受けています。その度に夫婦の片方が氏を変えなければ結婚できないという民法の規定は条約上問題がある、従前の氏を保ったまま結婚をすることができるように法改正をしなさいと明確に勧告しているんです。直近では、2015年最判が出たあとの2016年に女性差別撤廃委員会が法改正をしなさいという勧告をしている。それでもまだ日本は法改正をしないという状況を続けているわけです。個人的には条約に違反していることは明確だという考えです」

 

 これまでの判決文の要旨をまとめると「通称使用には限界がある」「改姓する大多数が女性である」「改姓による不利益が多々ある」と、原告の主張を一部認めてはいるけれど、「とはいうものの」「他方で」と、すべての主張を否定している。

 否定の論拠は非常に薄く、筆者には「最初から棄却していることは決めている」「でも主張は聞いたよ、だから書いておくね」という姿勢に思える。一審を東京地裁本庁の判決とする東京高裁判決などは、第一次訴訟のコピペ判決文で、話を聞いていたのか、自分でものを考えているのかと言いたくなるほどだ。

 一審を東京地裁立川支部の判決とする東京高裁判決では「婚姻をした夫婦の大多数が夫の氏を選択しているという結果を前提としても、それは個々の協議の結果というべき」とあるが、その協議に「女性が姓を変えるのが社会的慣習だ」という圧力がなければ96%もの偏りになるだろうか。事実、筆者は結婚する際に夫や周囲の理解を得られず「姓を変えたくない気持ちはワガママなのか」と強く主張できなかった。圧力があり、公平な協議ができていないのが現状ではないのか。

 前出の野口弁護士はこう言う。

「『選択的夫婦別姓制度を導入するためには子どもの氏を含め多様な論点を慎重に検討する必要があるから、裁判所では安易に判断できない』と言っているのですが、これは順序が逆です。裁判所が違憲だと言ってくれれば、そこから国会で議論が進むはずなのです。慎重な検討が必要なのは重々承知で、裁判所に立法行為を求めている訳ではありません。しかし裁判所はその判断を下すことを回避しています」

 そこには、下級審が上級審の判決を覆すことはできない、違憲と判断すると影響が大きすぎる、などといった政府や裁判所内の上下関係に対する忖度が感じられる。

 専門家がGOと結論づけ、条約の監視委員会からは再三の勧告を受け、もはや世界で結婚時に同姓を強いる国は日本だけだ。それでも選択的夫婦別姓を導入しない、原告が納得できる強い理由を、裁判所は提示できていない。

 川尻弁護士は裁判の陳述の最後にこう宣言した。

「私たちは、この訴訟に必ず勝ちます。なぜなら、それが世界の常識だからです。

かつて、生存権が社会の常識となったように、プライバシー権が社会の常識となったように、どちらかが自分の氏を変えることなく結婚をすることができることが、やがてこの国の常識になります。

『私たち』の中には、法務省も含まれています。なぜなら法務省は、既に平成8年に、選択的夫婦別姓制度を導入すべきであるとの結論に至っているからです。

また『私たち』の中には、裁判官も含まれています。なぜなら裁判官こそが、この社会を変える力を持っており、その判断によって、あるべき社会をもたらすことを使命としているからです。

そうして私たちは、新しい社会をもたらします。結婚をしたいと望むすべての人が結婚することができる、誰もが幸せな社会です。

私たちは、その社会を導いた者たちとして、歴史に残ることとなるでしょう。」

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