戦争、自然破壊、ジェンダー規範から脱却する女の子たちの物語/映画『ウルフウォーカー』

文=此花わか
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(C) WolfWalkers 2020

 10月30日に公開される『ウルフウォーカー』は、長編映画を発表するたびにアカデミー賞にノミネートされるアニメーション・スタジオ、カートゥーン・サルーンの最新作である。アイルランド・キルケニーを拠点とするこのスタジオは、これまでもキルケニーに根付く神話をモチーフにした作品『ブレンダンとケルズの秘密』(2003)と『ソング・オブ・ザ・シー海のうた』(14)を制作しており、本作はこれらに続くケルト三部作の完結編だ。

 完結編にふさわしく、女の子の成長物語を通して現代をとりまく様々な問題がさりげなく風刺されている本作。アニメーション技術だけでなく、芸術性や物語性においても年齢や性別を越えて心に響く傑作だ。興味深いことに、本作は今年の3月、各国がロックダウン中に完成され、今月末に世界に先駆けて日本で劇場公開される。

 監督は、カートゥーン・サルーンを立ち上げたトム・ムーア、そして、前二部作にアート・ディレクターやコンセプト・アーティストとして制作に携わったロス・スチュアートの2人。彼らに映画の世界観からコロナ禍におけるアニメ界まで話を聞いた。

色彩と線で表す、分断された世界

 舞台は1650年のアイルランドの町キルケニー。プロテスタントのイングランドとカトリックのアイルランドは宗教的にも長い間対立してきたが、17世紀半ばのアイルランドは、イングランドによる相次ぐ侵略で血に染まっていた。映画の舞台となった1650年のキルケニーはイングランドに占領されて植民地化が進んでおり、地元の土地は没収されてイングランド人入植者に与えられている。その上、キルケニーの美しい森林は入植者のために農地へ変換する、という政策がとられていた。

 映画の主人公は、キルケニーを統治するためにイングランドからやって来た護国卿(サイモン・マクバーニー)の家来であるハンターの父をもつ少女、ロビン(オナー・ニーフシー)。彼女の父親は森に住むオオカミを根絶するために雇われた。ある日、ロビンは父の言いつけにそむいて森の奥深くへ迷い込む。そこで、オオカミを率いる少女メーヴ(エバ・ウィッテカー)と出会う。

 なんと、メーヴは眠っている間にオオカミに変身するウルフウォーカーであり、不思議なヒーリングパワーをもつ少女だった。ところが、メーヴの母親はオオカミの姿で森を出て行ったきり、帰ってこないという。自身も母親を亡くしていたロビンはメーヴの母親探しを手伝うことを誓う。一方、護国卿のオオカミ絶滅作戦は進み、ロビンの父親は気乗りしないままオオカミを追いつめようとする……というのがあらすじだ。

 2D手描きの世界観と3Dソフトウェアを使って表現したアニメーションは、初期のディズニーのアニメを想起させるようでどこか懐かしい。それなのに、アクション映画のようなカメラワークが観客をどんどん引き込むのだ。

 スリルと癒やしの両方が体験できる高いエンタメ性も兼ね備えたアニメなのだが、なんといっても、その奥行きのある色彩や絵に魅了される。とりわけ、ロビンが住む城下町とメーヴが住む森の絵柄のコントラストが素晴らしい。トム・ムーア監督はこの絵柄の対比についてこう説明する。

「あえて対比的な色と形でふたつの分断された世界を描きました。ロビンがやって来た『町』は作られた退屈な世界。町の住民はイングランドに対して怒りを抱えている。だから『町』は暗く少ない配色を使い、住民を直線的な線で描くことによって彼らの怒りを表現しました。一方、自然が豊かな『森』の世界にはたくさんの配色を施し、ゆるやかな線を使ったんです」

 また、メーヴを含む森の世界はスケッチのような線が際立ち非常に個性的だ。「ラフな手描きの線を多用した理由は、人間的なエネルギーや野性味を表現したかったから」と答えるロス・スチュアート監督。

 そして、本作は高畑勲監督の『かぐや姫の物語』にインスパイアされたとムーア監督は言い、こんなエピソードを披露してくれた。「実はアカデミー賞で、高畑監督が私の後ろに座っていたことがあって、なんと居眠りしていたんですよ!憧れの高畑監督に会えてめちゃくちゃ感動しました(笑)」

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