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Twitterでは、性被害のサバイバーたちによる告白が頻繁に見られます。「#性被害者のその後」「#性被害後を生きる」など、ハッシュタグは様々ですが、これらは明らかに「#MeToo」の流れを組んだものでしょう。
「#MeToo」ムーブメントは、性被害にあった人々に声を上げる勇気を与えたわけですが、逆に言うと、これまで彼女たち/彼らたちの声は、抑圧され、封じ込められてきたということでもあります。
「#MeToo」がムーブメントになったのは、2017年。長年性的虐待疑惑のあったハリウッドのプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラを、数十名にも上る元従業員たち、俳優たちが、実名で告発したことに端を発します。告発は華々しく全世界に広がりましたが、これまで何十年にもわたり、彼女たちは被害を告発できませんでした。
なぜ、彼女たちは、沈黙を強いられ、事実を告発することで「人生が台無しになるかもしれない」程の恐怖を感じなければならなかったのでしょうか?
彼女たちの声が封じ込められてきた構造の一端を、『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの戦い』(現題SHE SAID/新潮社/古屋美登里著)で垣間見ることができます。
告発を可能にしたふたりのジャーナリスト
ワインスタインに対する告発を記事にしたのは、ジュディ・カーターとミーガン・トゥーイーを中心とした、ニューヨーク・タイムズの記者・編集者たちでした。『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの戦い』は、ジュディとミーガンによって書かれた、ワインスタイン事件を世に出すまでの戦いの記録であり、告発後の社会の変化や、告発者のその後までも収録されている一冊です。
私は本書を読むまでは、告発を決めた勇気ある女性たちが現れ、自然とムーブメントになったものだと思っていました。しかし、実際は、ジュディとミーガンによる調査から始まり、事実を暴くために、「同時に声を上げてくれる女性」を探しながら、粘り強い説得が必要だったのです。告発のリスクが高すぎるため、女性たちが、「他に誰が実名で告発するのか」を気にしたのは、自然なことでしょう。
ワインスタインからの妨害工作(ワインスタインが長年雇っていたプロのスパイ集団ブラック・キューブには、タイムズの記事を差し止められた場合30万ドルのボーナスが支払われる予定だった)にも遭いながら、やっとの思いで出したのが、2017年のあの報道だったそうです。
被害者を黙らせる構造上・法律上のシステム
ワインスタインの性的虐待は、数十年にわたり同じ手口で繰り返し行われてきましたが、なぜそんなことが可能だったのでしょうか? それは、ワインスタインが「神」と形容されるほどの絶対的権力者であり、声を上げることでキャリアが台無しになってしまう、という不安が一因でしょう。また、「仕事がほしくて取り入ったんじゃない?」という声などセカンドレイプもあります。
しかしタイムズの記事は、それらに加えて、より構造的な「彼女たちを黙らせる方法」を暴きました。
女性たちの多くは、声を上げたくても、上げられませんでした。被害を訴えようと弁護士を雇っても、示談を勧められることが多く、示談の際には秘密保持条項にサインしなければならなかったからです。
アメリカの法律においては、性的嫌がらせに対する損害賠償額の上限は30万ドルと決められているそうです。これは被害のせいで失った収入の代替や、弁護士を探して雇う費用として十分な金額とは言えません。訴え出ることで、金銭的なリスクを負い、仕事を失い、セカンドレイプを含む名誉を傷つけられ、メディアに追い回され、好奇の目で見られるリスクがあるとなれば、多くの人が示談のほうが好条件だと思うのは不思議ではありません。
また、示談が成立した場合、弁護士は少なくとも3割を報酬として受け取ることが慣例となっていることもあり、弁護士としても、依頼者に示談を進めた方が経済的なメリットがあるそうです。
ジュディとミーガンは、ワインスタインが、示談という性的虐待を揉み消すシステムを利用し、同様の手口で何度も性的虐待を繰り返してきた事実を明るみに出しました。
その後、カリフォルニア州では、性的嫌がらせの示談から秘密保持条項を撤廃する新たな法案が提出されるなどの流れも出来たため、「示談で被害者の声を揉み消す」ことは今後、難しくなっていくでしょう。
しかし、だからといって、性被害者が、安全に声を上げる社会になったのかというと、そうではありません。依然として、誹謗中傷・セカンドレイプなどの問題は残っています。
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