「月7万円のベーシックインカム」は弱者救済か、それとも切り捨てか/井上智洋氏インタビュー

文=柳瀬徹
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井上智洋氏

経済格差が拡大するなかで、2000年代後半から注目を集めてきたのが「ベーシックインカム(BI)」だ。BIは国民に一律の現金給付を行う制度で、「基本所得」や「最低生活保障」などと訳されるが、しばしば現行の社会保障制度との「総とっかえ」を図るものとしてBI導入が主張されてきた経緯があり、反発も根強い。

一部では議論されるものの、実現は遠いと見られてきたBIが、にわかに脚光を浴びている。かつて小泉純一郎政権で総務大臣を務めた竹中平蔵氏(東洋大学教授)が、2020年9月23日夜放送のBS-TBS「報道1930」で、「国民全員に月7万円を支給すれば国民年金や生活保護は不要になる」という趣旨の発言をしたためだ。竹中氏は菅義偉首相に近い人物ともいわれており、財政支出削減のために政府がBI導入へと動き出すのではないかという警戒心が高まっている。

とはいえBIは、いわゆる「小さな政府」を志向する勢力だけでなく、公的扶助の拡大を主張する政治家や経済学者からも提唱されてきた経緯がある。いったい、BIとは弱者救済の手段なのか、あるいは弱者切り捨ての方便なのか。『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)などの著書がある、経済学者の井上智洋氏(駒澤大学経済学部准教授)に話を聞いた。

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井上智洋
駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』『純粋機械化経済』『MMT』などがある。

ベーシックインカムは「ネオリベ」の専売特許か

――竹中氏の発言でBIが注目されていますが、そもそもなぜBIは必要なのでしょうか?

井上 人はさまざまな理由で貧困に陥るものですが、生活保護など現状の社会保障だけではすべての人に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障できなくなっている現実があります。BIは収入に関わらずすべての個人に、最低限の生活を送るために必要な金額を給付する制度です。

BIに反対する人の多くは、「本当に困っている人だけを政府が救済すればいい」と言うのですが、「本当に困っている人」をピンポイントで救済するのは、実際には至難の業なんです。

例えば、2020年6月に成立した第二次補正予算案では、新型コロナウイルス感染症の拡大抑止として、使い道を定めない予備費が10兆円ほど積み増しされるなど、補正としては過去最大の歳出が計上されています。ひとり親世帯に5万円、第2子以降に1人につき3万円を給付する「ひとり親世帯臨時特別給付金」が盛り込まれるなど、個人を支援する政策も確かにありますが、私は2回目の定額給付金10万円を実施すべきだと考えていたので不満が残りました。また、今後は学生を対象とした支援も拡充されるはずですが、たとえば一人暮らしのフリーターの人への支援があるかというと、現時点ではありません。

結局のところ、このような支援の方法では「政府が想定する困り方をしている人」しか救済対象とならなくて、現実に存在する「困っている人」を全て救済することは不可能なんです。困窮している人のかなりの部分が、政府の「想定外」なんですね。それに対し、BIのようにまずは「広く薄く」救済したあとであれば、救済すべき人数は減っているので、そこを手厚く支援できるんです。この方が救済対象を特定するための行政コストも小さくなります。BIを絵空事だと批判する人が考える救済のほうが、実際には絵空事なんですね。困っている人をピンポイントで支援することの難しさを理解していない。

「広く薄く」のあとの「手厚く」については、私は大賛成です。たとえば現行の障害者年金で、障害者やその家族が暮らしていくのはかなりの困難をともなうはずです。政治家もそういう実態を知らないのではないかと思いますね。

――一律に「広く薄く」、そして部分的に「手厚く」ということですね。ただ、竹中氏が批判を浴びている理由の一つは、社会保障制度がただ単に「薄く」なってしまうことへの懸念があると思います。今年7月に発売された雑誌のインタビューで竹中氏はこう答えていました。

BIを導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それらを財源にすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる。生活保護をなくすのは強者の論理だと反論する人がいるが、それは違う。BIは事前に全員が最低限の生活ができるよう保証するので、現在のような生活保護制度はいらなくなる、ということだ。(「週刊エコノミスト」2020年7月21日号)

竹中氏が菅首相のブレーンという見方もあるため、このような発言が続くことへの不安が広がっているのではないでしょうか。

井上 たしかに生活保護が不要になると言っていますね。だから、ネオリベ的だと批判されたのでしょう。私は、生活保護は残した方が明確に良いと考えています。前は、私の中でもその点の考えがあやふやだったのですが。

――そもそも国の財政にとって、生活保護はそこまで重い負担なのでしょうか?

井上 そうでもないんですよね、たいしてお金がかからないんですよ、生活保護って。2009年に初めて総事業費が3兆円を突破したときには話題になりましたが、2017年からは約3.8兆円で推移し、大きな変動はありません。例えば公的年金の総額は55兆円を超えていますから、相対的には重いとはいえない負担です。生活保護廃止とBI導入をセットで議論するのは、私には筋がよいとは思えません。BIを導入してもさしあたりは生活保護を残しておくというのではなく、究極的にも、生活の「ラスト・ディフェンス」(最後の守り手)としてあった方が良いと思います。サッカーで言えばゴールキーパーみたいなものです。BIが導入されても、最低限の生活を営めない人がいたならば、そういう人を手厚く支援するというわけです。

――ただ、ネオリベラリズム的政策を主張する人たちから、BIや負の所得税(後述)の導入が叫ばれている印象は強くあります。たとえば、大阪維新の会が2012年に公表した「維新八策」では、「日本再生のためのグレートリセット」を目指した行財政改革案が提示されましたが、「自立する個人を増やす」ための社会保障改革として「負の所得税・ベーシックインカム的な考え方を導入」と掲げられ、生活保護は支給基準を見直した上で「現物支給中心」に転換していくことが謳われていました。

井上 私はBIには3パターンあると考えています。まず、現行の社会保障制度をすべてBIに一本化させる「代替型」、これはいわば「ネオリベ的BI」といえそうです。次に、現行の社会保障を残してBIを追加する「追加型」。これは「アンチネオリベ型BI」といってもいいでしょう。

そして最後に、残すものと残さないものとをみんなで議論し取捨選択して、もっとシンプルかつ公平な社会保障制度に改革しようという「中間型」(改革型)です。

純粋な代替型というのは実は少ないのではないかと思うのですが、代替型と見なされがちなBIの主張が日本で目立っていたので、「BI=ネオリベ的政策」という誤解が生じてしまったものと思われます。

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