「月7万円のベーシックインカム」は弱者救済か、それとも切り捨てか/井上智洋氏インタビュー

文=柳瀬徹
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特別定額給付金はベーシックインカムだった?

井上 私自身は、最終的には中間型がいいと思っていますが、実現までに途方も無い時間がかかってしまうのが難点です。

たとえば年金ひとつとっても、現役時代の働き方によって、厚生年金が支給されるか、あるいは国民年金のみになるかなど、制度が大変に複雑です。働き方で年金支給額が変わること自体が大きな不公平だとも思うのです。

「今の年金制度が理想だ」という人がいたら、「本当にそう思っていますか?」と疑問を呈したくなります。それじゃ海外に向けて、「日本の年金制度は理想なのでみなさん真似してください」って胸を張って言えるかっていうと、言えないと思います。ですが、制度にメスを入れるというのは実際問題大変なことです。

ちなみに厚生年金の平均支給月額は男性で約17万円、女性で約10万円です。今の年金制度を廃止する代わりに、月7万円のBIを支給するとともに、65歳以上の人には追加で一律10万円給付するといったアイデアも考えられます。つまり、全ての高齢者が合計17万円の給付を受けられるというわけです。

国民年金だけで暮らしている人もいるので、17万円の受給となればかなりの高齢者が今よりもずっと豊かに暮らせるようになります。そういうプランであっても、今の年金制度を廃止できるかというととてつもなく困難でしょう。こういった改革を実現するためには50年でも足りないくらいです。

なので私は、理想は中間型であっても、追加型から始めるしかないと思っています。追加型BIは税金ではなく、国債で賄うべきでしょう。などというとすぐに「現時点でも国の借金は1千兆円を超えている。国債でなく税金を財源にしないと財政破綻する」といった批判が上がると思うのですが、これも現実には税金でまかなうほうが非現実的です。

今回の特別定額給付金もすべて国債で賄っていますし、政府が発行した国債は日銀がすぐに買い取っていて、財政均衡派の方が禁じ手と批判する「財政ファイナンス(国債を発行して財政支出を行うとともに、中央銀行が政府から国債を買い取る政策)」が事実上は行われています。財政ファイナンスは急激なインフレを引き起こすとされていますが、特別定額給付金の支給以降で消費は少し伸びたものの、インフレ率は急上昇していないどころか、デフレに舞い戻りつつあります。この政策を増税で、もしくは社会保障費の削減で行っていたら、その分だけ経済への悪影響が生じていたはずです。

――地方公務員の人たちが、自治体から特別定額給付金の受取拒否や寄付を求められるなど、一部で混乱もありましたが、「全国民への一律給付」というBIに似た方法は、比較的すんなりと受け入れられた印象ですね。

井上 当初、政府が発表した減収世帯対象の30万円の「生活支援臨時給付金」は国民の賛同が得られず、結局は一律10万円給付が支持されましたよね。無意識にではありますが、コロナショックを契機にBI的手法を多くの人々が受け入れたともいえると思います。

これまで多くの人は、突然失業する、収入が激減する、貧困に陥るということが自分自身に起こるとは感じられなかったので、困窮している人への支援については冷淡だったんですよね。しかし現実にこれだけ多くの人が困窮していると、明日は我が身だと感じざるを得ませんし、ボーナスが出ない人も多いでしょう。BIのような一律の救済手段の有効性が実感できたんじゃないかと思います。

私自身は、人工知能が人々を「技術的失業」に追い込むようになって、ようやくBIが本格的に議論の俎上に上がるのではないかと思っていました。それは2030年以降のことだと予想していたのですが、コロナが時代を10年早めてしまった印象です。
(聞き手・構成/柳瀬徹)

後編「ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビュー」に続く

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