ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビュー

文=柳瀬徹
【この記事のキーワード】
ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビューの画像1

井上智洋氏

竹中平蔵氏の「ベーシックインカム月7万円支給で、年金も生活保護も廃止できる」という発言が物議を醸し、にわかにベーシックインカム(BI)導入への期待と反発が高まっている。BIを研究する経済学者の井上智洋氏(駒澤大学経済学部准教授)へのインタビュー前編で示されたのは、BIには社会保障すべてを廃止する「代替型」、BI導入とともに現行の社会保障を残すべきかどうか取捨選択して改革する「中間型」(改革型)、現行制度にBIを上乗せする「追加型」の3種類があるという構図だった。

インタビュー後編ではBIの起源から、政治的な実現可能性、さらに遠からず訪れるかも知れない「AI失業」の時代に、BIがどのような役割を果たしうるのかなど、より長い時間軸で話を聞いた。

ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビューの画像2

井上智洋
駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』『純粋機械化経済』『MMT』などがある。

ベーシックインカムは「働く意欲」を奪うのか?

――「中間型BI」を目指しつつ、現実的には「追加型BI」からスタートするというお話でしたが、耳に入ってくるのはどうしても「代替型BI」の主張です。竹中氏の「月7万円BIで生活保護廃止」発言も代替型そのものに思えるのですが。

井上 確かに、代替型に近い提案に見えますね。竹中氏がそうなのか分かりませんが、代替型の提案をする人達は、障害や重い病気、あるいは高齢といったハンディキャップに関してあまり考えていない場合が多いです。そういう人達であっても「障害者年金は残しておくべきですよね?」などと尋ねたら、賛成してくれることもあると思います。恐らく、BIの持つシンプルさに惹かれるあまり、BIだけでは救済し切れない人のことまでは意識できていないのだと思います。意識してもらえたならば、代替型の論者も中間型に転向するかもしれません。

――SNS上にも竹中発言への批判が溢れていたのですが、興味深かったのが「生活保護廃止とBIはそもそも無関係だ」という批判に対して、「社会保障をBIに一本化するのが真のBIだ」と反論する人がいて、まるで逆のBI観が存在することでした。

井上 ネオリベ的BIに対する警戒は、ものすごく強いですよね。私は「政府はどんどんお金を使うべきだ」と主張する「反緊縮派」に共鳴する者ですが、反緊縮派の方の多くはBIを嫌う傾向がありますね。「BI導入派=ネオリベ」という認識が強いようです。

こうした認識が広まったのは、右派の経済学者として知られるミルトン・フリードマンがBIを最初に考案した、と広く誤解されているということもあります。フリードマンは1962年の著書『資本主義と自由』で「負の所得税」を提唱し、それはたしかに現代的BIの起源の一つではありますが、すべての人に最低限の生活を送るのに必要なお金や財を分配するという構想は16世紀のトマス・モアや、18世紀のトマス・ペインやトマス・スペンスにも見ることができます。ほかにもさまざまな人たちがBIに似たアイデアを生み出していて、フリードマンはその系譜の一人にすぎません。だから「真のBI」みたいな概念はそもそも存在しないのです。

――フリードマンが提唱した「負の所得税」とはどのような制度なのでしょうか。

井上 低所得者がマイナスの徴税、つまり現金給付を受けられるのが「負の所得税」です。仮に所得税率を一律25%引き上げ、年84万円(7万円×12月)の控除または給付が受けられるとすると、年収400万円の人は16万円の所得税を余計に払い、年収60万円の人は69万円の「負の所得税」(給付)を受け取ることになります。

ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビューの画像3

『AI時代の新・ベーシックインカム論』 (光文社新書)より

BIとして年84万円(7万円×12月)の給付を行い、その分所得税率を25%引き上げたならば、差し引きで先の負の所得税と同じ結果になります。BIは租税をどうするかによって、いかようにも制度設計できます。負の所得税と同じ効果を持つように、アレンジすることもできるわけです。

――「生活保護を拡充してすべての貧しい人に手厚く給付すれば、負の所得税もBIも不要だ」という意見もありそうですが、どうなのでしょうか。

井上 現行の生活保護の場合、働いて賃金を得るとその分だけ給付が減ってしまうケースがあります。そのため「働いても働かなくても同じ」状態が生まれ、労働することのインセンティブが働きににくくなります。

また、一律給付に所得制限を付けてしまうのも労働のインセンティブを阻害します。たとえば年収100万円以下の人に一律84万円を支給するとなると、年収100万円の人と年収100万1円の人のあいだに84万円近い所得の格差が生じてしまうので、たとえばバイトを減らして年収を100万円以下に抑えるなど、労働を減らす方向のインセンティブが発生してしまいます。

その点、BIや負の所得税では所得に応じて再分配額が緩やかに減っていくように設計することができます。労働のインセンティブを阻害しないところに、BIや負の所得税のメリットがあります。

ただ、ちょっと注意していただきたいのですが、BIを導入したからと言って増税しなければならないかというと必ずしもそうではありません。社会保障の廃止が必須ではないのと同様です。

BIは社会保障や租税をどうするかによって、さまざまなアレンジメントが考えられます。極端な話、「全ての人から7万円の人頭税をとって、7万円の給付を行うBI」なんてものも構想できます。まったく意味のない制度ですけど。それは、「現行制度と同じ効果を持つBI」と言えます。

つまりBIという仕組みそのものには、政治思想の色は何もないんです。現行制度と同じ効果の制度に「労働意欲が失われる」とか「ネオリベ的だ」とか言ったらおかしいでしょう。現行制度と同じなので何も変わらないわけです。

だから、BIそのものには善も悪もないと思います。逆に言えば、BIを他の社会保障や租税とうまく組み合わせられれば、理想的な制度に仕立て上げることができるし、不完全なアレンジメントでは不完全な制度にしかならないというでしょう。

1 2

「ベーシックインカムは善か悪か? 菅政権での実現可能性は/井上智洋氏インタビュー」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。