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専業主婦は完璧に家事して当然?「家事ハラ」問題の根深さ

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ちゃんとやりたい人も自縄自縛

  さて、「家事は女がやって当たり前」という価値観が今も蔓延し、それを誰も疑いもしないとしたら、そんな国は確かにおかしい。けれどこうやってネット上で「おかしい!」と異論が噴出し「うちの夫はマトモだ」という声が上がっているわけだから、現状ではむしろ健全な方向に傾きつつあるのでは……と希望的観測も持てる。議論の余地があるのは結構なことだ。

 しかし心の中にこびりついたザラザラした違和感を、どうしても拭えない。異論を唱えないながらも、水面下で苦痛を感じている女性も少なくないだろうと考えるからだ。

 「家事は妻がこなすもの」という意識から、妻自身が逃れられないケースである。つまり、それが合理的な選択ではなく妻自身に過剰な負担がかかっていても、本人が「やらなきゃ」という自意識にがんじがらめになっている。

 というのも、同じ「共働き家族研究所」の別調査で【実態!現代の共働き妻は「ゼンリョクママ」。「手抜き」ではなく「合理的」に家事をまわす】という記事があり、これにかなりヤられたのである。

●専業主婦ならばすべての家事を完璧にやれて当然
●共働き世帯の妻は「完璧にやれてはいない」が、まあまあ頑張っている

 まず専業主婦ならば必ず「しっかり家事」をやるもので、育児の責任も負い、家事に手を抜くことに抵抗感があるものだ――という前提がそこにある。専業主婦なのに家がピカピカでなかったらダメ人間だ、と言わんばかりだ。

 旭化成ホームズ的には、共働き家庭での「家事ハラ」は妻が是正するべき問題で、専業主婦のいる家庭の場合は家事分担などあり得ないということのようである。こういった外圧を女性側がスルーできればいいが、真面目な人ほどスルーできずに抱え込んでしまいがちだ。

 どこの家もきちんと片付いているわけじゃない。毎食、一汁三菜が食卓に並ぶわけではない。お風呂にカビが生えていなかったり、便器にウンチがこびりついていないわけでもない。そうなんだろうな、と頭では理解していても、「でも私は完璧にできる妻でありたい」「ちゃんとした人間でなければいけない」というプレッシャーを自らに課し、内面化させた「良き妻像」に縛られているパターンだ。実はそういう女性は少なくないのではないだろうか。家事なんて適当でもいいからお母さん・妻が笑顔の方がいい……と言われても、自分の内側にある視線からは逃避しきれず、「笑顔でいられない自分は最悪」とますます負のループに陥ることも。

 ちゃんとしたいのにちゃんとできない、ということ自体がストレスなのだが、内面化してしまった規範を払拭することは難しい。

 自分自身が生まれ育った家庭での母親の働きを理想化して対応しようとしたり、たとえばこれも批判を浴びたが味の素の「毎日毎日ごはんをつくる 何十億人ものお母さんが続けて来たこと」というCMにおける必死な母の姿を見習おうとしたり。「あれこそが日本の正しいお母さん」という刷り込みは、今この時でさえも未婚世代に浸透していき誰かの呪縛になり得る。同時に、(育ててくれた母のようにできない自分が情けない)と罪悪感に苛まれていく既婚女性もいるだろう。

 専業主婦は完璧に家事をして当然。兼業主婦でも全力で家事はするもの。そんな意識に苦しんでいる声を上げない女性は今もいると思う。「家事ハラ」は、夫婦間のコミュニケーションうんぬんでは到底解決に至らないし、長時間労働の改善と家事労働の再分配プラス、個々に根差してしまっている「こうあるべき、こうありたい」という内面的規範といかに折り合いをつけていくかという問題も見えてくる。
(ヒポポ照子)

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