志村けんの「セクハラコント」に女優は“抵抗”していた…ハラスメントの概念がなかった時代のテレビ

文=田口るい
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GettyImagesより

 女優のいしのようこが3日深夜に放送された『志村友達』(フジテレビ系)にゲスト出演。3月に新型コロナウイルスによる肺炎のため死去した志村けんさん(享年70)とのコントにまつわる本音を明かした。

 いしのは1987年からスタートした『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)に、志村さんの相手役として出演。コントでは、志村さんの娘・おハナ坊役や、志村さんの代表的キャラクター“変なおじさん”にいたずらされるOL役などを演じていた。

 この日の放送では、いしのと志村さんとの親子コント「おハナ坊」の初回を放送。共演者に「これは嫌だなというコントはなかったでしたか?」と聞かれたいしのは「しょっちゅうありましたよ」「恥ずかしいこと言わされたりとか。『それはもう恥ずかしいから嫌だ』と何回も抵抗した覚えがあります」「(抵抗しつつも)最終的にはやっていました」と語った。

 また、当時は粉やパイ、水などをかぶる体を張ったコントも「いっぱいやった。多分、やってないことないんじゃないかな」と振り返り、粉などの汚れを落とすためにシャワーを浴びながら「何やってんだろう」と我に返ったこともあったと明かしていた。

 『志村けんのだいじょうぶだぁ』などが放送されていた昭和から平成初期までは、コントのみならずドラマやCMでも女性がトップレスや全裸に近い状態で登場することは当たり前で、過激な下ネタや差別的表現、セクハラじみた描写も珍しくなかった。また、いしのが語っていたように「女性が下ネタを言う」ことも笑いのネタになっていた時代だ。

 そうした昭和ならではの価値観は、平成を通じて変容。人権という意識を理解する人の増えた現代では、「その価値観を受け入れる必要はない」と一般視聴者から声が上がることも多くなっている。昨年1月に『志村けんのバカ殿様』(同)で、水着姿の女性が志村さん扮するバカ殿の“肉布団”になるシーンが放送された際には、ネットを中心に「女性蔑視だ」として批判の声があがっていた。

 反動のように「昔はなんでもありで面白かった」「規制しすぎてもテレビがつまらなくなる」と嘆く声は未だにあるが、テレビ業界が“なんでもあり”だった頃には、いしののようにセクハラめいたネタを強いられ、理不尽な我慢を余儀なくされたケースが横行していたのだろう。

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