天才・松本人志に降りかかる「過去の自分が追っかけてくる」苦しみ、盟友が明かす

文=千葉佳代
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GettyImagesより

 放送作家の高須光聖氏が、カジサックのYouTubeチャンネル動画にゲスト出演し、幼少期に目の当たりにしたダウンタウンの「凄さ」について語った。

 高須氏は浜田雅功と同じ幼稚園、浜田・松本人志と同じ小学校、中学校を卒業。だがダウンタウンを追ってお笑いの道へ行こうと思っていたのではなく、本当は大学卒業後、インド旅行の際に知り合った東京の輸入雑貨店に就職が決まっていたという。

 ところが高須氏の運命を大きく変えたのは、幼馴染の松本との食事だった。輸入雑貨店の店長が肺炎で倒れたため閉店することになり、路頭に迷っていた高須氏を「それなら『4時ですよーだ』のスタッフになればいい」と松本が勧誘したのだ。

 高須氏はプロになりたいとこそ思っていなかったものの、小学校の頃からお笑いは大好きだったという。小学校の頃には漫才グループやコントグループがいくつもあり、その中に浜田と松本の2人がいた。高須氏の目から見た松本は小学校の頃から「全然(周りと)違った」そうだ。

 たとえば小学5~6年生の頃、多数の子どもたちが当時人気の漫才師の真似かドリフの真似で笑いをとりにいくのだが、松本は違った。松本が浜田とやったのは、(兵庫県)尼崎の潮江に二軒しかない『イトタガワ』と『クマガイ』という歯医者の院長同士が道でバッタリ会って喧嘩するという漫才。究極のローカルあるあるネタで、高須氏にいわせると「近くて遠い、遠くて近い」距離が絶妙だったという。

高須氏「(学校のみんなが)絶対に歯が悪くなってるから(歯医者に)行ってんねん。(顔も)見てるねん、院長の。その映像がしっかり焼き付いてて」

 「学校の先生」はベタだが、「歯医者の院長同士」はファンタジーのような絶妙に近くて遠い存在。その設定に「ケンカ」と「あるある」を融合させた2人の漫才は本当に面白かったという。「俺も笑うてんねん。笑うてるけど悔しいねん。わかれへんねん。なんでこんなおもろいねん、と思って。『あ、真似したい』と思うねん! なんか知らんけど」と高須氏は興奮気味に当時を振り返った。もう50年近く昔のことだろう。

 鬼才・松本は小学校5年生にして、「笑い」をとる新しい方法をどんどん考案していった。コンビだったのが、今度は3人グループにすると言いだすと、入れたのは「喋られへんし、あがるしの全然オモんないヤツ」。その子を1番横に入れて、いじり倒すという漫才の形を作った。今の高須氏ならそれが「崩し」という技術だと分かるが、当時は全く分からなかったという。しかし子ども心に「なにあれ。欲しい」とまた思ったそうだ。

 また、松本がツッコミを担当すると、くまだまさしのネタのように驚いてメガネを揺らす技もやったそうだが、それもドッカンドッカンウケた。高須氏は「あれも欲しー!と思ってまうの。(松本の技術は)なんでも欲しい」と笑っていた。

 とはいえ、当時の高須氏は「(松本の笑いは)友達やからおもろいのかわからへん」と思っていたそうだ。気心の知れた内輪のネタだから面白いのであって、まったく松本を知らない人が見たら、果たして面白いのだろうかと。

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