ヴァイブレータは本当にヒステリー治療のために開発されたのか?~イギリス文化と性にまつわる神話探訪

文=北村紗衣
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『ヴァイブレーターの文化史―セクシュアリティ・西洋医学・理学療法』(論創社)

 前回の連載記事では、ヴィクトリア朝人が猥褻だからと言って家具の脚にカバーをかけていたという話は眉唾だということを解説しました。こちらの記事が好評だったので、ヴィクトリア朝の性に関する都市伝説解体第2弾をやってみたいと思います。

 今回とりあげるのは、女性が用いるセックストイのひとつであるヴァイブレータはヴィクトリア朝時代にヒステリー治療のために開発された、というこれまたけっこうよく知られている伝説です。前回同様、先行研究や報道を用いて、この話もかなり眉唾だということを解説していきたいと思います。

ヴァイブレータの開発秘話?

 ヒステリーという言葉は、子宮を意味するギリシア語「ヒステラ」が語源で、女性がよくかかる病気とされていました。歴史的にさまざまな症状を指す語として使われていましたが、現在では正式な病名としてはほぼ使用されておらず、かつてヒステリーとされていた不安や痛み、運動障害などを伴う不調は、転換性障害をはじめとする別の病名で治療されるようになっています。

 前回の連載でも書いたように、ヴィクトリア朝は性的に抑圧された時代で、とくに女性の性についてはタブー視されていたと考えられています。これはある程度は正しいものの、実情以上に面白おかしく誇張されたイメージが広まっているところがあります。

 ヒステリーはこうした性的に抑圧された女性たちの欲求不満やストレスによるものであり、電動ヴァイブレータは女性たちをオーガズムに導いて健康にするための治療道具として医師が開発したものだという伝説がけっこう広く信じられています。

 このヴァイブレータ開発秘話なるものはさまざまなところでとりあげられ、2011年にはヒュー・ダンシー、マギー・ジレンホール、ジョナサン・プライスなどの有名な俳優をそろえて、実話に基づくという触れ込みでこの話を描いた『ヒステリア』という映画も作られています。

 このヴァイブレータ開発秘話が広まったきっかけについてはだいたいわかっています。出所は1999年に技術史家レイチェル・P・メインズが刊行した『ヴァイブレーターの文化史』(The Technology of Orgasm)という本で、2010年に日本語にも訳されています。前回とりあげた家具の脚カバーの話が1830年代から存在する歴史ある(?)都市伝説だったのに比べるとけっこう最近のもので、瞬く間に広がったらしいことがわかります。

 メインズはこの本の中でさまざまな史料を引いて、ヴィクトリア朝の医師は女性のヒステリー治療のためにまずは手による女性器マッサージを対処法として採用し、のちには新しく開発された電動ヴァイブレータを用いてヒステリー治療をしたのだと主張しています(第4章)。

 医師が女性器に電動ヴァイブレータをあて、女性にオーガズムを与えることを治療と称していたというのはずいぶんと奇異な話に見え、また患者に対する性的虐待のようにも見えます。しかしながらメインズによると、性器への挿入なしに女性は快楽を得られないと考えられていたため、「陰門や陰核に器具を押し当てて按摩行為を行うこと」(訳書p. 39)は性的行為と見なされておらず、このため医療行為として通用したのだそうです。映画の『ヒステリア』はこうした主張に基づいて作られ、医師たちはオーガズムを「発作」扱いしています。

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