30代女性を車ではねたストーカー男性が法廷で語った被害者意識

文=原宿なつき
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GettyImagesより

 「ストーカー」は、無視できないほど大きな社会問題です。埼玉県警によると、2019年には、ストーカー被害相談が統計を取り始めた平成12年以降最多の1205件に達しました。

 2009年のさいたま地裁では、ストーカー被害に苦しむ20代の女性の訴えを無視し、告訴のもみ消しにまで手を貸したとして、埼玉県警上尾署の元署員3名が「警察組織の信用を地に落とした」と断罪されています。また、「もみ消し」とまでいかなくても、被害を警察に相談していたのに、有効な対策も取れずストーカーが凶暴化して被害者が危険にさらされるケースがしばしば報道されてきました。

 被害者が逃げる以外に、ストーカー事件を円満に解決させる術はないのか。そう思っていた時、埼玉で発生したあるストーカー事件を知りました。興味を持ってその裁判を傍聴してみると、そこで語られていたのは、私がイメージしていた「対象への愛情が暴走して傷つけてしまう」ストーカー像とは少し異なるものでした。

30代の知人女性につきまとった60代男性

 私が傍聴した裁判は、60代の無職男性Xが、30代の知人女性につきまとい、ストーカー規制法違反の罪に問われている事件です。

 Xは、2020年1月に女性の顔を殴り、車ではねたとして、傷害の罪で起訴され、4月には懲役2年6カ月、保護観察付きの執行猶予4年が言い渡されていました。それにもかかわらず、4月下旬に女性の実家付近を車でうろついた上、女性にメールを送付するなどしたため、再度起訴されたのです。

 事前の新聞報道などを読んだ限りだと、Xは、20年前に別の年下女性につきまとい2年4カ月服役するなど、好意を持った女性に強く執着する人物のように見えました。しかし、2020年10月21日に行われた第二回の公判を傍聴して、今回の犯行の背景には愛憎だけでなくXの抱く被害者意識があることも浮かんできました。

「恋愛感情ではなく、刑務所に行きたくてやった」

 警備員ふたりに囲まれ手錠をされて入廷してきたXは、ネイビーのジャージの上下を着ており、中肉中背、メガネをかけていたので表情はあまり読めませんでしたが、髪は黒々としており、年齢より若々しい印象でした。

 第二回の公判で、Xは弁護人および検察官からの質問に3時間弱答え続けたのですが、終始緊張している様子でした。ここで有罪になれば(そして控訴しなければ)刑務所に行くと考えると、緊張するのもごく当たり前の場面でしょう。

 以下はXの証言に基づいた事件の概要です。

▼2019年8月

Xは人材派遣会社に登録。人材派遣会社で営業担当だった女性・Aさんと出会う。Xが人材派遣業にまだ不慣れだったAさんに色々と業務のことを教えているうちに(派遣のスタッフが社員に教える、というのは不思議な構図ですが、そう証言していた)ふたりは次第に仲良くなる。Xが米や野菜をAさんに贈り、ふたりきりで食事をするなどプライベートな付き合いも始まる。

▼2019年11月下旬

XがAさんにネックレスをプレゼントする。Aさんから自身はシングルマザーであると聞かされたXは、彼女が母子手当などを受け取っていないことを知り、手当を受け取るための手続きを手伝う。誕生日を一緒に祝う。

▼2019年12月

Aさんはシングルマザーで生活が大変だと聞いていたため、Xは彼女に現金(10万円×3〜4回)、貴金属、花束などをプレゼントする。12月29日まで関係は続いていた。

▼2019年12月31日

警察署からストーカーとして呼び出される。Aさんの車のタイヤがパンクし、Aさんが人材派遣会社の社長や警察に相談し、Xが犯人だとして訴えたためだ。Xはタイヤをパンクさせていないが、認めてしまったという。認めてしまったのは、警察に「認めればすぐに釈放できる」と言われたから。その後、Xは興信所に真犯人を探すように依頼し、「真犯人が見つかった」と証言している。

早く釈放されたかったのは、自宅に子猫が4匹いたから。拘留され数日間子猫に餌やりができなかった。帰宅すると、1匹は亡くなっており、3匹はやせ細っていた。

ストーカー扱いされた恨みより、ネコを死なせた恨みの方が強い、と発言。

▼2020年1月10日

XとAさんが車ですれ違う。Aさんは禁止命令が出ているのに、近くに現れたと思い、警察に通報する。Xはそのとき市役所に行っていただけ。それなのに通報されて、怒りが湧いた。

▼2020年1月16日

Aさんの弁護士に言われていた60万を早く渡そうと思い、XはAさんに会いに行った。恋愛感情はなかった。しかし、110番通報する仕草を見せられ、カッとなってAさんを殴った。その後、車でAさんをはねた。Aさんは足に軽度の怪我を負った。

この事件でXには懲役2年6カ月、保護観察付きの執行猶予4年が言い渡される。

▼2020年4月10日

Xが釈放されたのち、自宅付近に覆面警官が見回りにくることがあった。近所の人からは、「何をやったの?」と白い目で見られるようになり、これまで良好だった近所づきあいが台無しになった。

警官が自分の自宅だけではなく、近隣の自宅も覗き込んでいたことがあり、近所からは「出て行ってくれる?」といった冷たい目で見られるようになった。覆面警官に「ここで何をしているんですか?」と聞いたら、「ここにいちゃ悪いかよ」と言われた。恫喝されていると感じた。警察署に相談に行ったところ、「お前が(町から)出て行けばいいだろう」と言われた。

▼2020年4月23日

4月28日から茨城の物流会社で働く予定だったXだが、1月16日の傷害事件で運転免許も取り消しとなり、車の免許は必須の仕事だったために、唯一の希望だった仕事も失った。いわれのないことで監視されているのもつらく、自死も考えた。刑務所に行けば楽になれるかと思った。

精神的に辛くなり、刑務所に行こうと思って女性の実家付近を車でうろついたが、捕まらなかった。駄目押しで女性にメールを送った。内容は、「タイヤをパンクさせていない。警察に行きます」といったものだった。そしてXは再び逮捕された。

「刑務所に行きたいと思ってやった」のに、なぜ法廷で争う?

 ここで、「本当に刑務所に行きたくてやったのならば、法廷で争わず、刑務所に入ったらよいのでは?」という疑問が出てきます。第二回の公判では、当然この点について突っ込まれました。

 そこで、Xが涙ながらに主張したのが、以下の内容です。

・自首をしたのに、出頭する際、週刊誌がたくさん来ていて、フラッシュを焚かれた。興信所に調べてもらったところ、警察が自分たちの手柄にするために週刊誌にリークしていた。

・まるで凶悪犯のように新聞や週刊誌に書き立てられたため、親族にも取材や誹謗中傷がおよび、絶縁宣言されるまでになった。

・私がこうしているのは警察の嫌がらせのせい。中には笑いながらつきまといをしてくる警官もいた。留置所でも散々嫌がらせを受けた。警察が私をいじめているような気がする。

・私は真面目に警察の尾行について相談したのに、心ないこと(お前が出て行け)と言われて、悔しかった。

 また、最後に一言ありますか、と裁判官に促されたXは、「20年前の(逮捕され服役した)事件は、自分がしたこと。でも、今回は違う。警察は被害者の話ばかりを100%信用して、加害者の話を聞かない。これは問題だと思う。警察は今後一切信用しません」と警察への怒りと不信感をあらわにしていました。

 Xの主張はつまり、「警察の嫌がらせに耐えられずに、自ら刑務所に入ろうとしたにもかかわらず(自分がした行動は警察のせいなのにもかかわらず)、『警察が凶悪なストーカー犯逮捕に成功しました!』といったPRに利用されることに耐えられず、真実を知ってほしいと思い法廷で争うことを選んだ」というものでした。

自分自身の加害者性を認識できなければ、再犯の可能性は残る

 法廷で涙を流したXは、自分自身を加害者というより被害者だと認識しているようでした。Xの主張は「警察の監視を逃れるために刑務所に入りたい」というものですが、刑務所に入る目的であれば、わざわざAさんの周りをうろついたりメールを送ったりする必要はありません。Xの「被害者のためではなく、自分のために刑務所に行こうと思った」などの発言から見るに、ストーキングされたAさんの恐怖や苦痛は、想像すらできていないようでした。

 そもそも、初犯の時点で被害者が感じた苦痛を実感できていれば、同じような事件で立件されることはなかったはずです。Xは過去、2年4カ月にわたり服役していますが、自分自身の加害性と向き合い、更生することはできていなかったのかもしれません。ストーカー規制法により取り締まりは厳重になったものの、更生のための支援は未だ手薄です。実際、Xも更生プログラムなどは一切受けていないそうです。

 執行猶予、懲役、どちらの場合でも、更生プログラムの受講を義務付けられることはほぼありません。任意で受けられる民間の更生プログラムは存在しますが、安価とは言えないため、事件を起こし無職になったなど経済的な困難がある場合、受けたくても受けられない可能性もあります。家族から「更生プログラムを受けないと縁を切る」などと言われ、再出発のために決心して更生プログラムを受講する人もいると聞きますが、そういった「見捨てないでサポートしてくれる周囲の人々」や「受講できるだけの資金」がある人だけが、更生プログラムを受けられる、というのが現状なのです。

 Xは警察への不満を訴えるべく再犯したと証言しています。その主張の妥当性はともかくとして、加害者にも守られるべき人権は当然あり、人権を蹂躙するような扱いはあってはならないと思います。しかしXの場合、それ以前の問題として「自分の加害者性を認識せずに行動したこと」が、今回の事件の引き金になっているように見えました。自分の加害者性を認識できていたら、(また、Xの主張「刑務所に行きたくてやった」が真実だとするなら)Aさんに接触せずに刑務所に行く方法を考えたのではないでしょうか。

 本事件は、あと二回の公判で判決が出る見通しです。

(原宿なつき)

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