タイの反政府デモが、タブーとされてきた王室改革に踏み込んだ理由

文=外山文子
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写真:ロイター/アフロ

 台湾の民主化運動に続き、今年7月に起こったタイでの反政府デモは現在に至るまで収束の兆しが見えていない。タイではこれまでクーデタやデモが幾度となく繰り返されてきたが、学生を主体として行われている今回の反政府デモは、タブーとされてきたタイの王室批判にまで踏み込んだ、かつてないものとなっている。学生たちは政府そして王室に対してなにを要求しているのか、今回のデモはこれまでのデモと何が異なるのか、タイ政治を研究している筑波大学准教授の外山文子氏に解説いただいた。

2020年反政府デモの登場

 2020年7月中旬、タイの大学生や高校生たちが反政府デモを開始した。学生たちが日本のアニメ「とっとこハム太郎」のテーマソングの替え歌を歌いながらプラユット政権を批判するというデモであった。現在まで続くこの反政府デモは国内外のメディアでたいへん注目を集めている。

 当初、学生たちはプラユット政権の非民主性や汚職体質を糾弾しており、①政府による脅迫の中止、②憲法改正、③国会解散の3項目を要求していた。この時点では、プラユット政権にとって、学生デモはまだ深刻な問題というわけではなかった。

 ところが1カ月も経たないうちに、学生デモは急速に過激化し、プラユット政権のみならずタイ社会に衝撃が走った。8月3日、民主記念塔付近で実施されたデモにおいて、民主派弁護士であるアーノン・ナムパーが公然と王室批判を行ったのである。

 タイ社会においては、為政者に対する批判や抗議デモは過去に幾度も起きている。しかし、王室に対する批判は最大のタブーとされてきた。先代のプーミポン国王の時代から、国民の間には王室や国王に対する批判的な見解が存在していたが、公然と王室に対する批判がなされたことはなかった。そのためアーノンによる王室批判は、プラユット政権のみならず、タイの大人たちの間でも大きな衝撃を持って受け止められた。

 アーノンは、国王に多大な権力が与えられていること、国家が管理していた国王財産が国王の私有財産に変更されたこと、また君主であるにもかかわらずドイツに長期間滞在していること等について激しく糾弾した。更に8月10日にタムマサート大学で開催されたデモでは、王室改革10項目の要求が提示された。

 10項目の内容は、①国王に対して訴訟を提起できないと定める憲法規定の廃止、②不敬罪の廃止、③国家が管理していた国王財産を国王の私有財産に変更させた法律の廃止、④経済状況に合わせて王室予算を削減すること、⑤宮中組織内の公的部門の廃止、⑥国王の慈善事業に対する寄付の廃止、⑦公共の場において国王が政治的見解を表明する権限の廃止、⑧王室について過大なイメージを構築するようなプロパガンダの廃止、⑨王室を批判して殺害された者に関する真相究明、⑩国王によるクーデタ承認の禁止、となっている。

 現在も、学生を中心としたデモが複数の団体によって実行されている。団体や個人によって王室改革に対するスタンスが異なっている一方で、憲法改正やプラユット首相への辞任要求については概ねコンセンサスが存在しており、連日バンコク市内および近郊で繰り返されるデモでは、プラユット首相に対する辞任要求が強調されている。

 しかし、学生たちの要求の本丸は、やはり王室改革である。本稿では、今回のデモがどのような点で新しいのか、学生たちがこれまでタブーとされてきた王室改革を要求した理由、そして今後のタイ民主化への影響について考察を行う。

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