タイの反政府デモが、タブーとされてきた王室改革に踏み込んだ理由

文=外山文子
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「国王を元首とする民主主義政体」は揺らぐか

 2016年に即位したワチラーロンコーン国王は、皇太子時代から素行に関して評判が悪かった。今回の学生デモにおいても、国王の破廉恥なファッションや素行については嘲笑の的となっている。ある学生は国王を真似た衣装を纏い、背中にはペンで「俺の父親の名前はマーナだ。ワチラーロンコーンではない」と書かれていた。先代のプーミポン国王は長らく「国民の父」とされてきたが、この学生は「国王は自分の父ではない」とのメッセージを発していた。またある日には、王女が国民の税金を使用してファッションショーを開催したことに反発して、人民ファッションショーをバンコク市内の路上で開催した。ファッションショーでは、国王が行幸する際に、国民が敬意を示して地面にひれ伏す様子を揶揄して見せた。

 学生デモの様子は、連日、フェイスブックやツイッターを通じて広く世界中に拡散され続けている。こうした活動は王室の権威に依存する軍部など既得権益層にとっては大きな痛手である。そこで、ワチラーロンコーン国王の印象を改善するために、様々な場が設けられるようになった。

 2016年の即位後もドイツに滞在していることが多かった国王は、王室改革運動を受けて10月中旬以降はタイ国内に滞在し続けている。王妃や王女とともに王宮前で黄色いシャツを着た国民と触れ合い、地方都市を訪問して国民と交流し、知事にメッセージを託し、スカイトレインの開通式典にも参加するなどの活動を行っている。一連の様子は、ソーシャルメディアで積極的に拡散されている。

 しかし、学生たちは、国王の人格だけではなく、国王を元首とする民主主義政体という体制こそ最も問題視しているのである。現在争点となっているのは、クーデタの実行を可能とし、民主化を阻害し続けてきた「システム」それ自体なのである。学生たちは、原理・原則に従って政治が行われることを求めているのである。王室のこうしたイメージアップ戦略は、学生たちの要求をやり過ごそうとする策でしかない。

 学生たちの要求は至極真っ当であり、タイ政治の根本的な問題を突いている。しかし、国王を元首とする民主主義政体に国民が立ち向かうことは容易ではない。軍部、官僚、そして華人系の大資本家など様々な勢力が同体制を支えているからである。

 冷戦期に米国による軍事援助、日本などからの経済援助を受け、軍事政権が王室の権威を利用して権力基盤を構築した。また華人系資本家も、自らの保護と特権的な地位の獲得のために王室や軍部に接近した。こうして構築された既得権益ネットワークが、現在の政治体制を支える基盤となっている。

 例えば、プラユット政権が推進している「東部経済回廊」(EEC)には膨大な予算が投入されるが、これに伴う大規模開発プロジェクトは、CPグループをはじめとする大資本家グループが既に落札している。その他にも政府コンセッションを必要とする多数の企業が、親軍政党に献金を行っている。軍事予算は上昇を続けており、EECにおいては防衛産業の育成も推進されることとなっている。

 1990年代以降、新興資本家の台頭、地方実業家の政界進出、タックシン首相の登場などの変化があったものの、王室を中心とする体制は維持されてきた。同政体の下では、軍は国民ではなく国王のために奉仕する。裁判所もクーデタの合法性を認めるなど、政治的裁判においては中立・公正とはいえない裁定を下す傾向がある。そして王室は不敬罪により守られている。プラユット首相が辞任しても直ちに体制が変わることはなく、国民が体制に立ち向かうことは容易ではない。

今後の展開は?

 学生デモによる混乱を受けてクーデタの噂も飛び交っている。しかし現在、クーデタを実行することは、王室にとっても軍部にとってもリスクが大きい。学生たちは国王がクーデタを承認してきたことを非難しており、このタイミングでクーデタを実行することは、余計に王室の権威を傷つけることになる。国会では政治和解パネルの設置が提案され、デモ隊に対して参加が促されるなど、問題の根本的な解決よりも学生たちを体制に取り込むことで混乱を収めようとする動きがみられる。状況を打開するためには、政権側が一部譲歩して憲法改正をするしかない。11月17日と18日には、国会で与党、野党、そして民間団体から提出された憲法改正案が審議にかけられた。しかし、学生たちが支持する民間団体が提出した憲法改正案は、早くも第一読会において否決された。怒れる学生たちのデモには、従前よりも暴力的な雰囲気が漂い始めた。第一読会を通過した改正案の審議も長引きそうな状況となっている。

 学生たちの要望は、実現までは長い時間がかかりそうである。しかし、粘り強くメッセージを発信し続けることで、いずれタイ政治に変化を引き起こす可能性を持っている。最後に若者の間で絶大な人気を誇るグループ、Rap Against Dictatorshipが11月12日に発表した新曲”ปฏิรูป”(改革)の歌詞の内容を一部紹介して本稿を締めたい。同曲はタイ国内で注目を集めており、既に再生回数が300万回を超えている。日本語訳は、タイ文学研究者の福冨渉氏によるものである。

Rap Against Dictatorship “ปฏิรูป”

“クソ不正に生まれた いまの政府 不公平なことばっかりしやがる 法律を歪めまくって 市民の叫びは聞きたがらない“

“こんにちは畜生 こんにちはクソ野郎 これで王手 きがつけよ 歩兵が王将を狙っている 税金はクソのためのもんじゃねえ おまえの財産使って あとどんだけ妾が欲しい おまえの勝手だよ だけどおれの金は溶かすなよ おれたちの金がおまえらを育てた 男も女も家族全員 だから恩知らずとか言うんじゃねえ 矢はおまえを狙っている 戦え、アルジュナ叫ぶ市民の声”

“みんな変えたがっている あいつらを守る法を 平等なんてなかった おれたちには運がなかった おまえらが無くした原理と原則 市民はそれを探しに来た 出て行け さあ さあ 出て行け さあ さあ さあ”

(2020年11月16日最終アクセス)

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