セウォル号沈没事故を韓国映画はどう描いたか? 政治圧力を受けても屈さず

文=くれい響
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 ヴェネツィア国際映画祭で監督賞などを受賞した『オアシス』のソル・ギョングと、『シークレット・サンシャイン』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したチョン・ドヨン。紛れもなく韓国映画界を代表する国民的俳優である2人が『私にも妻がいたらいいのに』以来、18年ぶりに共演した映画が『君の誕生日』だ。ラブコメだった前作とは異なり、観る者の心を揺さぶる人間ドラマである本作のテーマは、2014年4月16日に起こった「セウォル号沈没事故」である。

 仁川港を出港し、済州(チェジュ)島に向かう大型旅客船が観梅島沖海上で転覆・沈没。299人の犠牲者と5人の行方不明者を出した、韓国最大規模ともいえる海難事故。その様子は日本でも連日報道されたが、特にショッキングだったのは、その犠牲者には14人の引率教員とともに、修学旅行中だった檀園高等学校の生徒325人がいたことだろう。しかも、客室での待機を命じられた高校生が家族に送ったメールの内容が明らかになったことで、静かに忍び寄る死に対する恐怖が世界に伝えられた。

 本作のタイトルになっている“君”とは、事故で命を落とした高校生の息子。劇中では事故そのものの描写がないなか、ギョングとドヨン演じる両親を中心に、残された者の苦しみと戦いが丁寧に描かれていく。

 本作が長編デビューとなるイ・ジョンオン監督は、劇中にも登場する事故の遺族に寄り添うボランティア活動で経験したことを基に、本作を製作。事故から5年後となる19年4月に韓国で公開され、その週末の興行ランキングNo.1となった。今年6月に発表された百想芸術大賞では3年ぶりの銀幕復帰作となったドヨンが映画部門の最優秀女優賞を受賞している。

セウォル号沈没事故をめぐるあり得ない杜撰さ

 セウォル号沈没事故の真相に関しては、パク・クネ前政権による政府からの発表が二転、三転。対応不備が伝えられるなか、最終的には操舵ミスによる急激な方向転換で荷崩れが発生し、バランスを崩したことが転覆に繋がったというところに治まった。

 だが、実際には船を違法改造して貨物を過搭載していたことや、船長のほか、30人余りのほとんどの乗組員が船を見捨てて、救助されていたという信じられない事態が起きていた。そして、実質的なオーナーの失踪から謎の死……。これらについては、現地での報道も終息に向かう一方で、製作されたドキュメンタリー映画によって描かれている。

 事故からわずか半年後に公開された『ダイビング・ベル セウォル号の真実』(14年)。ここでは、ダイビング・ベル(潜水鐘)と呼ばれる装置を使って行われた救助活動を通して起こった海洋警察の不十分な救助体制やフェイクニュースなどを告発した。それだけに、釜山国際映画祭の招待作品となるなか、事故の対策委員会よる上映反対運動が起こったほか、翌年の映画祭支援予算が削減されるなど、明らかな政治的圧力を受けることになった。

 18年に公開された『その日、その海』では、ナレーションをチョン・ウソンが担当。CGアニメなどを駆使し、先の沈没原因を推測する中、航路を記録したブラックボックス(通称AIS)がねつ造された可能性を指摘し、50万人を超える観客動員を記録した。

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