ナチス占領下にあるフランスの小さな村がユダヤ人児童を救った。映画『アーニャは、きっと来る』監督インタビュー

文=此花わか
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ナチス占領下にあるフランスの小さな村がユダヤ人児童を救った。映画『アーニャは、きっと来る』監督インタビューの画像4

(c) Goldfinch Family Films Limited 2019

 戦争時には数千人も住民がいたが、現在のレスカンにはたったの80人しか住んでいない。しかし、映画のロケ地ともなると何百人ものクルーが村に押し寄せることになる。監督は撮影前にもう一度レスカンを訪れて、村人のためにQ&Aを開いて彼らの不安を取り除いた。

 その甲斐もあり、“レスカンの記憶を継承する”という監督の真摯な姿勢を知った住民たちは、監督を村の伝統である「移動放牧」へと連れて行った。映画でも描かれる、ジョーが大人の羊飼いへの通過儀礼として経験する「移動放牧」は、ヨーロッパの山地で何世紀にも渡り受け継がれてきた儀式だ。

 「『移動放牧』は羊飼いの家に代々伝わる聖なる儀式なんです。その日は朝4時に起きて、6時間かけて600頭の羊と一緒に山に登りました。しかも例年にない悪天候で雷が鳴り、視界は雨に塞がれている。けれどもなんとか山頂に到着した瞬間の感動は言葉には表せませんね! その時以来、村の人々と絆を結ぶことができ、彼らはあらゆる面で映画の制作を助けてくれたんです」と監督はその時の感動を振り返る。

 映画ではジョーが山で雷雨に打たれるシーンがあるが、それも監督のこの「移動放牧」の経験を盛り込んだもの。山の厳しい天候を身をもって知ることで、レスカンのユダヤ人救出における最大の敵はナチスだけではなく、この天候だったと知った、と監督は教えてくれた。

 さらに、自由や希望の象徴のように鷹が翼を広げて空を舞う場面が映画に散りばめられているが、これも監督がレスカンの山から眺めた“偶然”の光景だったそうだ。

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(c) Goldfinch Family Films Limited 2019

脚本家のトビー・トーレスと原作者モーパーゴの出会いも“偶然”

 本作が偶然性から生まれた要素は他にもある。実はクックソン監督と共同執筆を務めた脚本家のトビー・トーレスと原作者モーパーゴも、“偶然の出会い”を10年近く前に果たしていた。BFIでモーパーゴが披露した話によると、なんと、トーレスは14歳のときに『アーニャは、きっと来る』の本のサイン会でモーパーゴと出会い、彼に作家になりたいと告げていたというのだ……!

 そして、トーレスが大学生になった18歳の頃、彼はモーパーゴにこの小説の脚本を書きたいと手紙を送る。モーパーゴは快諾し、数年後にトーレスの脚本がプロデューサーの目に留まり、映画化に至ったのだった。映画の撮影前、現在23歳のトーレスはモーパーゴ夫妻や監督ともにレスカンに訪れ、現地の自然、歴史や住民と触れ合い、クックソン監督と一緒に脚本にレスカンの“記憶”を新たに吹き込んだそうだ。

 それにしても、モーパーゴとレスカン、トーレスとモーパーゴ、レスカンの羊飼いと監督……度重なる偶然が引き合わせた出会いがこの1本の美しい映画を紡ぎ出したとは非常に感慨深い。

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