三島由紀夫が偏愛し、こだわり抜いたボディ・コンシャスな「制服」とその最期

文=酒井順子
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GettyImagesより(Michael Ochs Archives / 特派員)

(※本稿の初出は『yomyom vol.65』(新潮社)です)

 大変おこがましい話ではありますが、もしも三島由紀夫と自分との間に共通点があるとしたら、それは「制服好き」という部分だと思っています。

 三島由紀夫が自決した時、私は四歳。「仮面の告白」(1)における三島のように、産湯をつかった時のタライの縁のきらめきを覚えているような神の子ではありませんので、自決事件の記憶はありません。楯の会の制服姿の三島の画像を大人になってから見た時、「この人は……、制服を愛している」との確信を得たのです。

 制服を着たことがないせいか、制服姿にグッとくる性癖を持つ私。今もって制服を着たくてたまらないのですが、楯の会の制服からは、自分と似たような嗜好の匂いが漂ってきました。

 三島の場合は、子供の頃から制服を着慣れています。学習院は日本で最初に制服を導入した学校とされ、男子は海軍士官の制服をモデルにした蛇腹の学生服を着用するのです。海軍士官タイプの制服を小学生から着続け、最後は自身がつくった民兵組織の制服を着て死ぬという、制服に彩られた人生を三島は歩んだことになりましょう。

「若きサムライのための精神講話」(2)には、彼の服装に対する思いが記されます。

「服装は、強いられるところに喜びがあるのである。強制されるところに美があるのである」
 と。さらに、
「これを最も端的にあらわすのが、軍人の軍服であるが、それと同時にタキシードひとつでも、それを着なければならないということから着るところに、まずその着方の巧拙、あるいは着こなしの上手下手があらわれる」
 と続く文章を読めば、楯の会の制服に対する三島の思い入れが、理解できようというものです。

 ウェストが絞られ、肩幅が強調された上着と、細身のズボンからなる、楯の会の制服は、男のボディ・コンシャス。肉体に対して自覚的であり、肉体を見てほしいと周囲にアピールするようなデザインです。

 「仮面の告白」を若き日の自伝として捉えるならば、三島はその幼少期から、男のボディ・コンシャスに鋭く反応していました。少年時代の彼は汚穢屋(おわいや)、すなわち糞尿汲取人を注視し、『私が彼になりたい』『私が彼でありたい』との欲求を抱いたわけですが、その時に少年の視線を強く惹きつけたのは、汚穢屋が身につけていた「紺の股引」でした。

「紺の股引は彼の下半身を明瞭に輪廓づけていた。それはしなやかに動き、私に向って歩いてくるように思われた。いわん方ない傾倒が、その股引に対して私に起った」
 のであり、彼の職業にまとわりつく悲劇的な空気を、その「下半身を明瞭に輪廓づけていた」股引から感じとるのです。

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