
YouTubeより
ナイキ・ジャパンの新CM「動かしつづける。自分を。未来を。」が物議を醸している。サッカーをする3人の10代の少女(1人は在日コリアン、もう1人は黒人とのミックス)を主人公とした2分の作品だ。Youtubeでは「いいね」28,000に対し、「良くない」が22,000付いている。ツイッターでは15,000を超えるコメントが付いているが、圧倒的多数が批判であり、「ナイキ不買」の文字も躍っている(いずれも2020/12/1付)。
CMに登場する3人は、それぞれ「自分は社会に受け入れられていない」と感じている。学校ではイジメに遭い、親とも衝突する。
ヴィジュアル的には、在日コリアンの少女の純白のチマチョゴリ、黒人の少女が級友に髪を触られるシーン、サッカーをしたい少女に浴びせられる男性コーチの冷たい視線が強い印象を残す。
3人は「自分はナニモノ?」「できることなんてあるの?」「普通じゃないのかな」と、アイデンティティと自尊心の確立に苦しむ。
少女たちは辛さの中でふと、「このままでいいのかな」と疑問を抱き、情報を探し、考え、やがて「当たり前」にとらわれる必要などないことに気付く。
少女たちが走り、汗をかき、サッカーボールを追うシーン。3人はやがて笑顔を取り戻し、つぶやく。
いつか誰もが
ありのままに生きられる
世界になるって?
でも、そんなの待ってられないよ
動かし続ける。
自分を。未来を。
YOU
CAN’T
STOP
SPORT.
「日本人を悪者にしている」
ナイキはこのCMを「アスリートのリアルな実体験に基づいたストーリー」とし、劇中にはテニスの大坂なおみ選手、サッカーの永里優季選手もチラリと登場する。
このCMに対し、賞賛の声と同時に「自分の学校にも外国人の生徒がいるが、仲良くやっている」「日本人を悪者にしている」「差別があると言うことが差別を助長する」「差別を声高に叫ぶマイノリティ」と言った批判が多くある。加えて、おきまりの「スポーツに政治を持ち込むな」、さらには「スポーツが得意なら乗り越えられるが、苦手な者はどうする」といった見当違いなものまで見受けられた。また、「日本の問題は日本の解決法で。このCMはアメリカ式のコピペ」と言った趣旨の意見もあった。
こうしたコメントを読んで思うのは、問題を抱えているのはナイキでも差別を受けているマイノリティ側でもなく、マジョリティ側、それも恐らくは明確な差別行為を自らは行わないが、社会に溢れる「ささやかな差別」を静観する、もしくは差別など無いと思い込もうとする「普通」の人々だ。
環境に恵まれ、一見、差別を受けることなく暮らすマイノリティは存在するが、日常的な差別に苦しむマイノリティも確実に存在する。そもそも暴力や暴言など直接的かつ分かりやすい差別だけでなく、社会の仕組みに取り込まれてしまった制度的差別、構造的差別(systemic racism)が 蔓延していることを忘れてはならない。
CMに登場する山本という姓の在日コリアンの少女はなぜ山本を名乗らなければならないのか。迷い、悩んだ末に「YAMAMOTO」と書かれたユニフォームに黄色いテープで大きく「KIM」と貼った少女の笑顔は晴れやかだ。しかし、本名を名乗ることで少女は社会的なリスクを負う可能性がある。日本における在日コリアンへの制度的差別の一つだ。そもそも少女は本名を名乗るか否かで延々と悩まなければならず、その精神的な負担も制度的差別の副産物なのだ。
マジョリティは自分の視野に入らないところで起こっているであろう差別に想像力を巡らせる必要がある。
1 2