ジャニーズに入りたかったのは松村北斗だけ!? SixTONESのジャニーズ入所エピソード

文=千葉佳代
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 京本政樹の一人息子である京本大我は、毎年ハワイ旅行をしていたというセレブな“坊ちゃん”だ。2006年5月、ハワイの行きつけの店でご飯を食べていた時、“店のママさん”に「写真撮ろうよ!」と言われたのがすべての始まりだった。その写真は店に飾られることになり、その数カ月後に同じくその店が行きつけだったジャニー氏の目に留まった。ジャニー氏は「この写真のこのちっちゃい子誰?」と目敏く京本を見つけ、それからすぐに京本の家に電話をかけてきたそうだ。当時、京本は小学5年生だった。

 京本のファーストジャニーは滝沢演舞城の舞台鑑賞。本番ではなく、ゲネプロ(本番同様に行う通しの最終リサーサル)に呼ばれ、ジャニー氏の横に座らされたという。ジャニー氏はジャニーズJr.たちの楽屋を紹介し終えると、「Youって『青い山脈』歌える?」といきなり聞いてきた。まったくその曲を知らなかった京本がぽかんとしていると「知らないんだったらいいや。知ってたら歌わせようと思ったんだけど」と言われたという。いきなり「青い山脈」でステージに立たせようとする、これがジャニー氏のやり方なのである。

 次に呼ばれたのはKAT-TUNの東京ドーム公演だった。ステージに上げられた京本に亀梨和也が「名前なに?」と聞くくだりがあり、ワイドショーやニュースでも伝えられたため、京本は「翌日の学校でみんなに何か言われるのが恥ずかしくて」学校を休んだという。

 ジェシーがジャニー氏と出会ったのは2006年9月頃。当時ジェシーは空手を習っていたのだが、同じ道場にジャニーズJr.が通っていた。そのJr.が「ハーフっぽい子探してきて」というジャニー氏の命を受け、ジェシーに白羽の矢を立てたのだ。

 「ジェシー、芸能界興味ない? ジャニーさんに会いに行こうよ」と誘われて何の気なしに会いに行ったジェシーに、ジャニー氏はいきなり1000円をくれた。当時10歳のジェシーにとって1000円は1万円の価値があり、「こんな簡単に1000円もらえちゃうんだ」と感激。そのまま気が付けば、オーディションなしで一週間後には『少年倶楽部』に出演していた。その後、「ちゃんと入りたいなら、履歴書を書いて」と言われ、名前を書いただけであっさりと入所が決まったのだという。

 こうしてみると、明確に「ジャニーズに入りたい!」と思って応募したのは松村だけということになるが、その後の下積み期間を経て「自分はジャニーズだ」という自覚を強くしていった6人。すっかり立派になった6人を見て、天国のジャニー氏も微笑んでいることだろう。

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