
Getty Imagesより
●山崎雅弘の「詭弁ハンター」(第1回)
いま日本の社会で、二匹の怪物がうろついています。一匹は「ウソ」、もう一匹は「詭弁(きべん)」です。この二匹は、同じ親から生まれた子どもで、習性はそれぞれ違いますが、一緒に行動することも多い、仲のいい兄弟です。
この二匹の怪物は、人間社会の良識を食い散らかして壊してしまうおそろしい存在です。とくに、政治の中枢にこの二匹の怪物が入り込めば、建設的な議論は成立しなくなり、子どもの口げんかのような低次元な罵りとはぐらかしを、いい年をした大人たちが恥ずかしげもなく口にするようになります。国会議員や高級官僚などの立派な肩書を持つ大人を、幼稚な子どもに変えてしまう不思議な力を、この二匹の怪物は持っています。
さすがに「こんな状態はおかしい」ということに気づく人が出始め、怪物の姿をとらえようという努力が、あちこちで始まっています。けれども、その多くは、比較的見つけやすい「ウソ」に注がれ、それよりも見つけにくい「詭弁」に目を向ける人は少ない様子です。「ウソ」を見抜くのは比較的簡単ですが、「詭弁」を見抜くためには、本来その論があるべき「正しい姿」を頭の中で組み立てる「論理力」が必要とされるからです。
そこで、本稿では、日本の社会、とりわけ政治の中枢を動き回る「詭弁」という怪物の姿に焦点を当て、それが「正しくない論」であることを指摘し、人間社会の良識や建設的な議論を壊す怪物を、一匹ずつ仕留めて数を減らしていこうと思います。
今回は、2020年11月25日の参院予算委員会において、菅義偉首相が述べた「詭弁」に狙いを定めてみます。
「人事に関すること」「答えは差し控える」に仕込まれた「詭弁」
この日、共産党の田村智子参議院議員は、菅首相にこう質問しました。
「(日本)学術会議のホームページを見てみますと、何ページにもわたって、(菅首相による6人の任命拒否に抗議する声明を発した)大学・学会・学協会の名前がずらりと並んでいく。まさに空前の規模です。総理、まずお聞きしたい。なぜこれだけの規模で、短期間に抗議や憂慮の声、任命を求める声が学術界に広がったと思いますか?」
一読すればすぐ理解できるように、田村議員が菅首相に問うているのは、“菅首相の行動に対する学術界の抗議が、なぜこれほどの規模に拡大したのか”という理由の認識です。
しかし、菅首相はこう答えました。
「理由については、人事に関することでもあり、お答えすることは差し控えたい。この点も、これまであわせて説明をしてきたところ」
これが「詭弁」であることに気づきましたか? しかも、単なる詭弁ではなく、実に「五重の詭弁」が、この短い答弁に仕込まれています。
まず、第一の詭弁は「抗議が拡大した理由の認識」を問われているのに「6人を任命しなかった理由」について問われているかのように論旨をさりげなくすり替えた上で「(任命しなかった)理由については答えられない」と、全然関係ない話を始めていること。
第二の詭弁は、田村議員の質問は「人事に関すること」ではなく、そこから波及した「学術界の反応」に関する内容なのに、あたかも「人事のこと」を聞かれているかのように論旨をすり替えた上で「人事に関することだから答えられない」と説明していること。
第三の詭弁は、仮に質問の内容が「人事のこと」であったとしても、菅首相には「なぜこのような『人事』を自分が行ったか」を説明する義務が課せられているのに、あたかもそれを説明しない「免責事由」が自分にあるかのような虚構を創り出していること。
第四の詭弁は、菅首相には内閣総理大臣として下す決定についての「説明責任」が常に課せられているのに、それを「控える」という一見すると謙虚な表現で、その義務を果たさなくても許されるかのような錯覚をつくり出していること。
そして第五の詭弁は、自分が今話しているのは「これまで説明してきたこと」だという、田村議員の質問と何の関係もない主張を持ち出して、あたかも「いま訊かれている質問に自分はもうすでに繰り返し答えてきた」かのような、事実に基づかない自分勝手な虚像を創り出して、質問者と、このやりとりを聞く国民を煙に巻こうとしていること。
1 2