
GettyImagesより
(※本稿の初出は『yomyom vol.65』(新潮社)です)
政治ドラマが好きだ。サスペンスやミステリー、弁護士ドラマや刑事ドラマ等々、政治絡みの巨悪だとか陰謀を暴く類の作品は、もれなく好み。特に日本では政治や政治家をメインテーマとして扱った映画やTVは少ないから、私が海外の映像エンタメを面白いと思う理由の一つでもある。
しかし、以前のように政治ドラマを楽しめなくなってしまった。本稿(執筆時は10月上旬)が世に出る頃には、アメリカ大統領選の結果が判明しているわけだが、毎日毎日テレビに映し出されるトランプの姿は、低俗なリアリティーショーそのもの。トランプの“ドヤ節”が人気を博したリアリティー番組『アプレンティス』を、くだらないなと思いながらも無邪気に見ていた頃は、まさかこんなことになるとは思わなかった。メディアが作り出したトランプの虚像が大統領の道へとつながった側面を考えると、自分も加担していたのか、と複雑な思いもある。
トランプがエンタメの前提を崩した
2017年にトランプ政権が誕生して以来、現実よりも“面白い政治フィクション”を創ることが困難な時代に突入した。それは間違いないだろう。象徴的なのが『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(13~18・Netflixほか)である。
トランプの大統領就任式にタイミングを合わせてプロモーション動画を解禁したシーズン5に至るまで、栄華を誇った政治スリラーだが、当のシーズン5は始まってみると精彩を欠いていた。製作陣も、ここまでのカオスをトランプが招くとは想像できず、「あんなキャラクターは創作できない」と困惑orあきらめにも似た嘆き節だったのだ。結局、セクハラ告発によるケヴィン・スペイシーの降板を受けてシリーズ終了決定となるわけだが、これほど絶賛からの凋落を見た作品はそうそうない。
もちろん歴代のどの大統領の時にも、現政権批判を含む骨太の政治ドラマや、反対に政治の腐敗や悪徳政治家をアンチヒーローとして描いた作品はたくさんあった。特に前者の作品群を通して、私は正しいリーダーとは、民主主義とは何かを少なからず学ぶことができたと思っている。
アメリカのTV作品はその時々の社会の空気や社会問題を色濃くダイレクトに反映しているのが常だが、政治ドラマはその最たる例でもある。2000年代のブッシュ元大統領時代には9.11の後、イラク戦争に突き進むわけだが、06年には規範とすべき大統領や政治のあり方を考えさせられる『ザ・ホワイトハウス』が終了した。一方でドラマとしての面白さはもちろんなのだが、結果として国民の報復感情に応えるような側面も強かった『24-TWENTY FOUR-』の人気は加速度的に増した。ステレオタイプなテロリスト像を広く一般に植え付け、特定の人種、宗教に対する偏見を助長させたという負の側面もあるが、当時は私自身もそこまで深くは考えなかったし、漠然とだが劇中の大統領像が変化していくのを見るのも興味深かった。
09年に誕生した、オバマ政権時代には、現実にはある種の理想を体現する政治家が存在していたおかげで、むしろ『ハウス・オブ・カード』のようなフィクションを楽しむ余裕があったと言えるかもしれない。しかしトランプの登場により、「実際にはここまでひどくないけど、デフォルメされているからこそ面白がれる」という前提が崩れ、作品の受け取られ方が変化した例はいくつもあった。トランプが巻き起こしたカオスは、共和党か民主党か、政治理念がどうのという以前の問題だ。理想の政治や正しいメッセージを伝えて熱い涙を流すような政治ドラマは、そらぞらしくて楽しめない空気が蔓延した。かといって悪徳政治家を描いて“ワルの魅力”を押し出されても、「政治家って悪いやつらなんだよなあ」などと、のんきにフィクションとして楽しむ気持ちの余裕も持てなくなってしまったのだ。アメリカを通して民主主義の何たるかを学ぶなんて時代は、もはや遠い昔のことのようにも思える。
エンタメを通じて「アメリカとは」と考える時、私は大統領の描かれ方を頭に思い浮かべることが多い。
ものすごくざっくり振り返ってみると、96年のアメリカ映画『インデペンデンス・デイ』では、大統領はヒーローとして描かれていた。何しろエイリアンを撃退するために自ら戦闘機に乗り込み特攻するのである。当時はありえないと思いながらも、そのカタルシスを楽しんだものだ。
97年に見たクリント・イーストウッド監督・主演の『目撃』では、ある泥棒が忍び込んだ家で大統領の殺人を目撃することから命を狙われる。映画も素晴らしいのだが、ジーン・ハックマンが演じた大統領の悪人づらに、大統領を描くことに対して一抹のリスペクトや配慮も感じられなかったことが強く印象に残った作品だ。翌98年には現職大統領だったビル・クリントンとモニカ・ルインスキーの極めてゲスな「不適切な関係」が大スキャンダルとなるので、社会全体にそうした空気は醸されていたのかもしれない。
変わりゆく大統領像
エンタメにおける大統領像の変遷については、先にも述べた大ヒットシリーズ『24-TWENTY FOUR-』を俯瞰してみるのが面白い。シーズン1では黒人初の大統領候補パーマーの命が狙われるのを架空のテロ対策ユニット=CTUのジャック・バウアーが阻止するわけだが、志の高いパーマーは実に王道感のある政治家だった。
衝撃的だったのはシーズン4~5(05~06)の政権を担ったローガンの俗悪さである。なんでこんなちんけなコソ泥みたいな男が大統領(最初は副大統領)なのかとむしろ面白く見たのだが、この時期から大統領像は徹底的に地に堕ちた感がある。
先にも述べたが06年は長年エミー賞の覇者でもあった、アーロン・ソーキン作、マーティン・シーン主演の『ザ・ホワイトハウス』(99~06・デジタル配信)が終了した年でもある。優れた政治ドラマとして高く評価されているバートレット大統領と側近たちの群像劇は、政治とは何か、政治家とはどうあるべきかを考えさせられる秀作シリーズ。シーズン5以降はやや下り坂だったが、私はハリウッドのリベラリズムを代表するシーンだからこそ体現できたであろうバートレットを敬愛していた。今こそこのドラマを振り返る時かもしれない、などと思っていたら、特別番組ができるというニュースが舞い込んできた。
その後、シーズン3の第15話「一触即発」をソーキンが1シチュエーション劇台本に書き直し、スピード感をもって舞台劇として制作され、10月15日に米大手動画配信サービス、HBO MAXで配信された。ドラマでは中国が台湾海峡で挑発行為を行い、ニューハンプシャー州での投票が近づくなか、再選に立候補しているバートレット大統領が部下たちとチェスに興じるというストーリー。ニューハンプシャー州の小さな町の投票がなぜ大統領選にとって重要なのかが改めてよくわかると同時に、中国との瀬戸際外交においてアメリカがどう危機を回避するかの顛末が描かれる。綺麗事では済まない政治の舞台裏を描く優れたエピソードで、今回の米大統領選の投票促進をねらってミシェル・オバマが共同代表を務める無党派の非営利団体とタッグを組んで実現した。このまっとうな政治家、正しい民主主義のあり方を描こうとする精神が、選挙結果によって再びくじかれるのか、息を吹き返すのかは現時点ではよくわからない。
アメリカでは『ザ・ホワイトハウス』以降、正しい大統領像を前面に打ち出した作品としては『サバイバー:宿命の大統領』(16~19・Netflix)まで、あまり記憶にない。この作品は、放送局のABCネットワークが対トランプの姿勢を明確に打ち出し、今こそ正しい大統領像を! というコンセプトだった。『24』でのジャック・バウアーが当たり役となったキーファー・サザーランドがこの作品で演じる大統領は、善良な、というかまっとうな市民感覚、人としてのモラルを持っているがゆえに政界で葛藤するわけだが、「トランプ」という現実を前にして、このコンセプトが大成功を収めたとは言い難い。
同作の韓国リメイク版『サバイバー:60日間の大統領』(19・Netflix)で大統領権限代行に指定されたパク・ムジンの方が、“政治家のあるべき姿”としてはしっくりくる。韓国版は、長年の私のテーマでもある「政治家はどこまで潔癖であるべきなのか」という問題にたくさんの視点を与えてくれる。人としてはパーフェクトだが、政治家としては厳しいというケースにうーむと考え込む一方で、百戦錬磨の政治家たちの辣腕ぶりに感心したり、いくら頭脳は優秀でもこんな政治家は絶対にいやだと思ったり。
韓国版『サバイバー』のシーズン1のラストを、希望ととるか絶望ととるかは悩ましい。ラストシーンでかつての部下たちが、高潔さを守り通したがゆえに政界を去ったパク・ムジンに次期大統領選への出馬を要請するために集まってくる。部下の一人が、「“いい人が勝つ”世の中ではなく、“いい人だから勝つ”世の中を見たい」というセリフには大いに胸を熱くし感動の涙を流した。だが現実として政治家になるためには、まず選挙に勝たなければならない。そして選挙とは、善良さや誠実さだけでは勝てないということを私たちはいやというほど思い知っているから。何を青臭いことを言って……という気もするが、理想を信じられる自分がいなければ理想を描いたフィクションに感動することは難しい。嘘をつくことなく勝てる政治家はいるのだろうか。
この「選挙に強い人」と「政治家としての適性」の関係は、テキサス州全土から集まった10代の少年たち1100人が擬似選挙を行う政治キャンプの様子をカメラに収めたドキュメンタリー映画『ボーイズ・ステイト』(20・Apple TV+)にも詳しい。民主主義が抱える矛盾とは、劇中である青年がライバルの青年に向けた「彼こそが最高の政治家(Politician)。それが褒め言葉にはならないけど」という言葉にすべてが現れているといっていいのかもしれない。
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