女性の自殺者が急増、「安価な非正規社員」を使い捨てする日本の問題

文=加谷珪一
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GettyImagesより

 このところ自殺者の数が急激に増加している。新型コロナウイルスによる生活環境や雇用環境の変化が背景となっているのは確実であり、感染が再拡大している現状を考えると、十分な対策が必要であることは言うまでもない。

 自殺者の増加をめぐっては、コロナ対策のやり過ぎが経済を縮小させ、これが弱者を追い込んでいるといった指摘も出ているが、誰かを悪者にする議論は何も生み出さない。今、起こっている事態を冷静に分析し、必要な対策を議論するという建設的なスタンスが重要だろう。

非正規社員の女性にシワ寄せが…

 警察庁の調べによると、2020年10月における自殺者数は2153人と前年同月比で39.9%と大幅な増加となった。1カ月間の自殺者数が2000人を超えるのは2018年以来のことである。自殺者の絶対数は男性の方が多いが、増加率という部分では女性が突出しており、年初からの比較では2倍近くに増えた。

 自殺には様々な背景があり、一概に理由を特定することは難しいが、マクロ的に見た場合、経済状況と密接に関係することが分かっている。経済的に困窮し、将来を不安視する人が増えると自殺者数も増える。

 こうした状況を総合的に考えると、特に女性の自殺が増えている理由は、コロナ危機をきっかけとした雇用情勢の悪化であることはほぼ確実だ。

 日本の正社員は、建前上、終身雇用が保障されているので、コロナ危機で業績が急に悪化しても、企業は米国のような大量解雇は実施しない。体力がない企業の場合には、解雇されてしまうケースもあるが、それでも積極的に従業員を解雇する企業は少数派といってよいだろう。

 だが、この話は非正規社員にはあてはまらない。

 日本では非正規社員は完全に雇用の調整弁として扱われており、正社員の雇用を維持する役割を押しつけられている。コロナ危機で業績が悪化した業界を中心に、非正規社員を解雇する動きが進んでおり、多くの非正規社員が雇用不安に怯えている。

 コロナ危機以降、正社員の雇用者数はむしろ増加したが、非正規社員の雇用者数は減少しており、この減少分の多くが女性である。日本では女性が非正規社員として働く割合が高く、しかも正社員と非正規社員には著しい賃金の格差があるので(同じ労働の場合、期間の定めがない雇用形態の方がリスクが高い分、賃金も高くなるはずだが、日本では逆になっている)、これが女性=非正規雇用=低賃金という連鎖を生み出している。

2020年前半の自殺者が例年よりも少なかった理由

 つまり日本では、非正規社員として働く女性に多くのシワ寄せが行くという図式であり、これが女性の自殺者を増やす要因となっている。

 こうした状況に対して、経済を回さないと自殺者が増えるとして、コロナ対策の強化を問題視する意見も出ている。だが、こうした危機に対して責任の押し付け合いをしても何も状況は変わらない。経済が回らないと困窮者が増えるのは事実だが、コロナへの対策強化を望む意見を抑圧すべきでもない。敵はコロナウイルスであって人間ではないので、ここはもっと冷静になる必要があるだろう。

 このところ自殺者が急増しているのは事実だが、データをよく見ると別の傾向も見て取れる。自殺者が急増したのは秋以降のことであり、2020年の前半はむしろ昨年よりも自殺者数が少なかった。年初からコロナ危機が顕在化していたにもかかわらず自殺者が少なかった理由は明らかだろう。

 それは、1人あたり10万円の特別定額給付金や持続化給付金など、政府が実施した各種経済対策の効果である。

 政府は当初、所得水準に制限を設けた上で給金を配る施策を検討していたが、多くの専門家がこの方策を批判したことから、政府はこのプランを撤回。一律の給付に切り換えたという経緯がある。

 多くの専門家が、所得制限なしの一律給付を主張したのは、非常事態宣言などの大きなショックが経済に加わった場合、どこに影響が及ぶのか完璧に予測することは不可能であり、想定外のパニックを防ぐためには、例外を設けずに給付することが重要だからである。

 一部からバラマキとの批判が出たものの、例外を設けずに給付金を配ったことで、年前半については自殺者を例年よりも低く抑えることに成功した。ところが夏以降は、こうした緊急対策の効果が薄れ始めたことで、生活困窮者が増え、これが自殺者の増加につながっている。

生活支援とスキルアップ支援をセットに

 年前半の状況を見ると、再度、給付金を配ることで、十分とは言えないまでも自殺者を抑制することは可能と考えられる。しかしながら、政府は財政問題などから、再度の給付金には否定的であり、世論の一部もあまり支持しないだろう。

 では、今後の自殺者対策はどう進めていけばよいのだろうか。精神面でのケアについては専門家に譲るとして、あくまで経済的な部分に焦点を絞った場合、必要となるのは生活困窮者の詳細な捕捉である。

 給付金を無尽蔵に配れない以上、生活困窮者を確実に捕捉し、ここにピンポイントで支援する体制をできるだけ早く構築する必要がある。また、生活困窮者に対しては、単に金銭的な支援を行うだけでなく、ITスキル獲得など就労支援策を組み合わせることが重要である。

 コロナ危機は当分、継続する可能性が高く、コロナと共存しながら経済を回していく仕組みがどうしても必要となるが、GoToキャンペーンのような消費喚起策は感染を拡大させるという欠点も抱えている。感染拡大を防ぎつつ、経済を回していくためには、可能な限り業務を非接触型にシフトしなければならない。

 業務の非接触化を実現するにはIT化が必須であり、労働者もITに対応したスキルを獲得していく必要があるだろう。生活困窮者に対して生活支援を実施し、同時にITスキルも身につけてもらえば、それは単なる支出ではなく、次世代への投資となる。実際、リーマンショック当時も、生活支援とスキルアップ支援を組み合わせる施策は大きな成果を上げた。

 自殺の多くが、経済問題と関係しているが、将来の見通しが立たないなど本人が抱える絶望感が大きく影響する。何とかなりそうだという見通しが立てられるだけでも、自殺の抑制には効果があるはずだ。コロナとの戦いが長期化するのはほぼ確実なので、生活困窮者支援策を早急に検討する必要があるだろう。

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