
写真:納谷ロマン
(※本稿の初出は『yomyom vol.65』(新潮社)です)
1000円札をどう使うのかは、考えれば考えるほど面白い。
でも1000円札って、72時間経つと財布から消えるシステムなんじゃないかと思うくらい、すぐなくなる。今日も、1000円札を三度使った。
ただ、今回の1000円札の使い方は、いつもの何倍も価値があった。ほんとにとても良かったので、今日は、その話を書こうと思う。
一度目の1000円札「タクシーモーニング」
今日は、とある街はずれに取材。電車の乗り換えを間違ってしまい、集合時間に遅れそうになったので、駅からタクシーを使うことにした。「……となると、コンビニに寄れるな」と思い、急いで駅前のコンビニで、ランチパックとカフェオレを買って、タクシーに乗り込んだ。
「◯◯小学校のあたりまでお願いします」
「はい」
「……あとすみません、ちょっと、朝ごはん食べさせてください」
「どうぞどうぞ。朝ごはんは大事ですからね」
優しい運転手さんだ、うれしい。
「あっ、このあたりで……」と停めてもらい、お金を払う。料金は1メーターちょい。朝ごはんとあわせて、ちょうど1000円くらい。タクシーって、いつもちょっと後悔するけど、今日の使い方は良かった。タクシーの車内で軽飲食ができるかどうかって、運転手さんにもよるし、まあ基本的によろしくないかも。だけど、慌ただしかった朝、窓の景色を見ながら優雅な気持ちで、いいモーニングだったなあ。
そんなことを考えていたから、降り際「ありがとうございます」と言わないといけないところを、間違って「ごちそうさまでした」と言ってしまった。めちゃくちゃに恥ずかしい。でも実はこれ、よくやってしまうのだ。いつもはお酒を飲んだ帰り道が多いのに、今日は思いっきりシラフで間違えてしまった。赤面しながら訂正すると、運転手さんは「言い間違われるお客さん、結構いますよ」と笑っていた。
タクシーモーニングのおかげでひと笑いし、遅れずに無事到着。カメラマンとライターと、そして編集をする私の3人が集合した。カメラマンは思考がいつもロマンティックなので「ロマンさん」、ライターさんは学生時代にオペラをやっていたので「オペラさん」と呼ぶ。
二度目の1000円札「大人の給食」
たのしく取材を終えた帰り道。おなかぺこぺこ。「せっかくだからこの街で食べて帰ろう」となり、小さな商店街を通る。でも微妙な時間だったので、飲食店のランチタイムは終わりかけており、屋台っぽいお店やテイクアウトのお店、それからスーパーならあいていた。
「いっそ、持ち帰れるやついろいろ買って、公園で食べますか?」
みんな大賛成してくれた。そして、1000円ずつを出し合い、3000円の入った「共有ざいふ」をつくった。チキン南蛮、餃子、ライス、お茶。いろんなものを買った。そしたら最後、300円余った。
「微妙に余りましたね」
「どうします?」
「デザートどうですか。スーパー寄りましょう」
大人3人が、300円を握って、真剣な表情でスーパーへ向かう。入口にあるガチャガチャの前にも、真剣な表情の小学生男子が2人いた。流行りのアニメのガチャガチャを見ながら、そのアニメについて熱く語り合っていた。
「ガチャガチャって、昔は100円だったのに、今高いですよねえ」
「確かに。300円とか。500円もありますよね」
「2、3回回せば1000円かあ。気軽に何度もガチャガチャできないな」
「でもそれでこんなに熱く語り合えるなら、いいのかもな」
スーパーに入る。デザート、デザート……アイスはもう寒いし、ケーキはちょっと重たいな。プリンは魅力的だったけど、少し予算オーバーしてる。ぐるぐる店内を回る中で、「これどうですか?」と、オペラさんが言った。
みかん6個入り、一袋298円。
「いいの見つけましたねえ。ひとり2つも、もらえるじゃないですか」とロマンさん。「余っても持ち帰れます」と、オペラさん。
買い出しが終わり、近くの公園へ。公園には、普通のベンチの他、大きな円形のベンチもあった。
「大陸を発見したぞ」
「あのベンチを我々の国にしましょう」
もうみんな小学生男子のよう。一目散に向かった。そして、スーパーの袋をテーブルクロスにして、買ったものを並べていく。「大人の給食やなあ」と言いながら、やっぱりみんな小学生男子のような顔で、ほおばる。
そういえば小学校の頃、給食で出るみかんを、お昼の時間が終わって、さらにその後の掃除の時間が終わっても、ずっと口の中に残している男子がいたなあ。それを話すと、「うわあ懐かしい」と盛り上がった。
「ロールパンをいろんな食べ方で食べる男子もいましたね」
「いたいた。これでもか!ってくらい、ぺっしゃんこにして食べる男子とか。茶色い皮の部分だけを綺麗に剥ぎ取って、中の白いふかふかのところを堪能する男子とか。この食べ方のほうがうまいねんで、ってドヤ顔で言ってくるやつ」「それ僕の学校の男子もやってたわ」とロマンさんが言った。
「でも僕、家がパン屋やったんですよねえ。だからパンの味には舌が肥えてて」
「じゃあその食べ方、結構ゆるせなかったんじゃないですか?」
「いやまあ、でもやってる本人からしたら、あのぺしゃんこにしたパンは、ギュッと密度が高まるわけでしょ? そしたら一口あたりのパンの質量が増える。で、感じられる旨味や甘みの分量も高まる、とかじゃないですか。わからんけどさ」
それから委員会活動の話、先生からどんなことで怒られたかの話……「大人の給食」を食べながら、いろんな「小学生時代トーク」をした。1000円あれば、わりといい感じのランチが食べられるけれど、一品ずつこうやって選んで、公園で食べると、それらにちなんだ思い出話に花が咲いた。またしても、とっても良い1000円の使い方だった。
三度目の1000円札「三脚さん」
おなかいっぱいになった帰り道。オペラさんとわかれる。ロマンさんと私は、次の仕事も一緒だったので、共に移動する。
「ちょっと一軒、寄りたいお店があるんですけどいいですか?」
ロマンさんと入ったのはカメラ屋さん。フィルムを買い足すらしかった。そこには、中古のカメラや三脚もたくさん売っていた。1000円のものもあれば、10万近くする、ロボットみたいな三脚もあった。
あ、そう言えば私、三脚ほしかったんだ。パッと手に取ったものの値札を見ると「故障あり/300円」……すごい。みかん6個と同じじゃないか。
「ロマンさん、コレどう思います? 300円」
「故障あり……ああ、ここの回すところが壊れてるのか。あと雲台もない」
「うんだい?」
「こういう、カメラを固定するときにかますやつで……壊れてないのがいいけどな。どんなカメラに使うんですか?」
「あ、オンライン会議のときに使ってるライトがあるんですけど、それの三脚がゆるゆるなので取替えたくて」
「あー……でもやっぱり、安全に使えるやつを買いましょう! カメラにも使えるし、三脚ひとつあれば、うんと楽しくなりますから」
商品が大量にあるので、お店の人に「壊れてなくて安くていいやつ」を聞いた。選んでもらったのは、ちょうど1000円の三脚。またしても1000円。今日は1000円に縁がある。正直、カメラはもっぱら手持ちだし、300円のでも良かったけどな……と思いつつ、でもせっかく選んでいただいたし、これくらいでけちけちするのも良くない。私も大人だからな、1000円を財布から消し去るなんぞ朝飯前ですよ。
「ロマンさん。さっき、三脚あると楽しくなる、って言ってましたけど、集合写真とかってことですか?」
「そうね、あとは夜に道路撮るときに、シャッタースピード遅くしたり」
「車の光がシュンシュンってなってるやつか」
「そうそう。あとね、僕は妻と出かけるとき、いつも持ち歩いてて」
「いつも?」
「うん、ほんと散歩とかでも。すっごい普通のところで、三脚立てて撮るんです。人に撮ってもらうのもいいんだけど、三脚には三脚の良さがあって……」
ロマンさんに写真を見せてもらった。
「わあ、すごくいい。独特の空気感がある」
「そうなんです。三脚さん、撮るのうまいんですよ」
ロマンさんは続けて言った。
「さっきの昼飯みたいに、1000円でそうやって遊び方と思い出が増えるんなら、めちゃくちゃ安いです」
朝飯とタクシーの運転手さんのやさしい顔も思い出しながら、本当にそうだなあ、と思った。
1000円札の使い方
1000円札をどう使うのかは、考えれば考えるほど面白い。
1000円札の使い方なんてあまり意識しないな……という人も、クリスマスパーティのプレゼント交換を思い出せば、イメージが湧くかもしれない。私は、「1000円まで」等と予算が決められたそれを買いに行く時間が、とても好きだった。リラックスグッズやワインは、きっと誰かが買うだろうし、スノードームもフォトフレームも見飽きたし、私は変わったものを選んでやろうと意気込んだ。(それが一番困るやつだな)でも、一時の「わあ!」でもいいから、みんなが面白がる顔を見たかった。
たとえば、アンティークショップで選び、お店の人に買い付け場所や選んだときのエピソードを聞いて、カードに綴って同封したり。老舗の道具街に行って、めちゃくちゃニッチだけどあれば便利そうな、調理グッズを買ってみたり。
過去に、意外と喜ばれたのが「明日は鍋セット」だった。自宅近くの産直で買い揃えた野菜などの具材を、100円ショップの鍋に突っ込む。少々入り切らなくても気にしない。そして鍋に油性マジックで「明日は鍋セット」と直に書いて、ラッピング。新聞紙でぐるぐる包んでリボンをかける……とかくらいがいい。ほんと、だいたい喜んでもらえるので、ぜひ試してほしい。
話がそれてしまったけれど、そんな感じで、今日はとてもいい1000円札の使い方をした。クリスマス、プレゼント交換なんてしばらくしていないけど、なんか久しぶりにやってみたいなあ。あ、「1000円札」を封筒に入れて、このエッセイと一緒に贈ってみようかな。
(※本稿の初出は『yomyom vol.65』(新潮社)です)