調子に乗ることもサボることも許せるようになってきた/『へんしん不要』著者・餅井アンナさんインタビュー

文=山本ぽてと
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へんしん不要』(タバブックス)著者・餅井アンナさん

”こんにちは、調子はどうですか。挨拶代わりに「元気ですか」と聞かれると、ちょっと言葉に詰まってしまう。私はもうずっとそんな感じです。だから、ここでは元気の有無は聞かないことにします。元気があってもなくても、調子が良くても悪くても、あなたがこのお便りを読んでくれていることが嬉しい。”
(『へんしん不要』「「元気?」と聞かれるとちょっと困る」より引用)

 「へんしん不要」は、2018年3月にウェブサイト「マガジンtb」で連載をスタート。ライターの餅井アンナさんは、月に1度、宛先のない手紙を書き続けた。自称「虚弱ライター」だった餅井さんが、書き続けることで見つけたものとはなにか。連載をもとにしたエッセイ集『へんしん不要』(タバブックス)刊行を記念して話を聞いた。

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餅井アンナ
1993年宮城県生まれ。ライター。食べること、性、ままならない生活についての文章を中心に書いています。連載に「妄想食堂」(wezzy)、自主制作冊子に『食に淫する』『明け方の空腹』など。初の単著『へんしん不要』が発売中。

「調子に乗る波」は悪だと思っていた

ーー「へんしん不要」は手紙の形式を取っていますが、この形だから書けたことはあると思いますか。

餅井 手紙って、誰か特定の人に向けて書くものなので、コラムを書くときよりも、万人に対して正しいとか、わかるみたいなことを書かなくてもいいなとは思っています。

――手紙を届ける相手として、誰か特定の人物像をイメージしましたか?

餅井 自分に似たような感じで、社会とあまり折り合いがついていなかったり、体調や精神面でのバランスが取りにくかったりして、自分のことが受け入れがたいと思っている人。そうしたふんわりとした想定人物を当ててはいるんですけど、結局は自分に向けて書いているところがあります。

最初の方は、そのふんわりとした想定人物に対して、助けになりたいとか、そういう気持ちで書いていたところがあった。就活とかできなくて、日常生活もグダグダで、体調を崩して、いろんなことがうまくいかないみたいな。

自分だと自己嫌悪してしまうけど、もし同じ状態の友達だったら、そんなのダメだなんて思わないなと。他人を自分のことのように思って書く部分もあったし、自分のことを他人として見て「大丈夫だよ」という部分もありました。

――前半部分は、多くの人が見ないようにしていることを考えてしまう餅井さんの感性の魅力があり、後半では意識の矢印がだんだん外に向いていく風通しの良さがあると感じました。

餅井 ありがとうございます。最初のコンセプトとしては、私のように虚弱で外に出ることもできない人に対して、似たような目線から書くという形式、そういう連載だと自分では思っていました。

その時は、自分と似てるから、読んでいるこの人もこうに違いないという気持ちがありました。あとは若干結論ありきで書いているところもあって、助けになるような結論について書きたいから、その周りから文章を組み立てていっていました。

でも後半に行くにしたがって、「助けになりたい欲」みたいなのが、ちょっとおこがましいよなと思うようになったんです。体調の波とか、共通する人は確かにいるだろうけど、その人と自分は他人なんだなって。他人で、私の言っていることが全部わかるわけではない。自分が書いた内容をどう消化するのかも決められない。言葉で人の気持ちを動かそうとするのはあまり良くないなと思うようになりました。

そこからは、だんだん結論ありきの文章を書かなくなった。後半になってネタ切れしたこともあるのかもしれません(笑)。なんでもない日にホテルに行った回とか、自転車で近所を走り回るとか。自分の内面や精神ではなく、外に出て目に入ったものを書くようになった。そのあたりから、ためになる文章を目指さなくなってきたかなと思いますね。

――自分の中で変化があったのでしょうか。

餅井 連載を続ける中で、自分自身がちょっとずつ元気になっていって、その回復を正直に書いていいのかという、とまどいもありました。

こいつ虚弱ぶってるのに最近電車のってるじゃん、みたいに思われるかもしれない。それなら全然いいですけど、「同じように虚弱だと思っていたのに餅井は元気になってる。一方、私は……」となるような人がいたら、悲しいなと思った。

ですが、そもそもそうやって、読んだ人がどういうふうに感じるのかを、私が決めるのもおこがましいというか。連載中の感想をTwitterで見ていると、元気になったことを良かったと言ってくれる人もいました。

自分の中で「虚弱キャラ」でいなきゃいけないんじゃ、と思っていた時期もあったんですけど、すごい元気になったからといって、めちゃめちゃ調子をこかなければいいかなって。調子こいて「健康が一番だよね」みたいなことを言わなければ、いいんじゃないかな。

今は連載が始まった時よりも体力がある。だからといって、体力のなかった時が最悪だったとは思いません。一日中、布団の中で自分のことについて考える。思春期ぽくってダサいともいえるし、別にしなくてもいいことなのかもしれない。でも、自分としては、それは必要な時期だったから。

病院では双極性障害の診断を受けましたけど、アップダウンがすごく激しかったんですよね。あがっている時って、すごい調子がいいんですよ。調子がいいし、わりとなんでも思いついて、なんでも出来て。それを抜けてうつ期になると、躁状態だったときのことが恥ずかしくて。なに調子をこいているんだ、って(笑)。今回、本が出た時も若干調子にのったんですよ。

――全然調子にのっていいと思います。

餅井 昔だったら、調子にのって恥ずかしいとか思っていました。でも今は、本が出るわけだし、多少調子にのってもいいかな、と自分で調子にのることを許せた。あとから具合は悪くなったのですが、調子にのる時期を味わえた気もする(笑)。

最初のころは本当になにもできなくて、1カ月フル回転して、3カ月動けなくなって。それが嫌だし、困っていました。でも波を何回も経験しているうちに、経験すること自体はすごくつらいんですけど、乗り方や抑え方が少しずつ分かってきた。

前は「調子にのる波」=「悪」で、恥ずかしいことだと思っていました。でも今は調子のいい時期に調子にのるのは良いことでも悪いことでもない、それはそれとして、調子にのりすぎるとあとあと困るから、合理性の意味でやめようねと。

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へんしん不要』(タバブックス)

仕事が終わってないのにご飯食べていいのかな

――その乗りこなし方の工夫について聞きたいです。調子がいい時は、どうするんですか。

餅井 周りの人に「いま、調子のってませんか?」って聞く。

――おお。

餅井 同居人はわりと正確に「躁じゃないかと気にしている状態は、躁じゃないから大丈夫」と言ってくれます。まだそこまでじゃないけど、ちょっと明日は休んだ方がいいかもね、とかも。そういうとき、すごく気持ちは外に出かけていきたいけど、心を鬼にして。外に出ない。

――「自分のことがどうでもよくなるムーブ」に押し流されないという章で、「自分の手が届くところにおいしいものを用意しておくこと」という工夫について書いていましたね。

餅井 食べることに対して罪悪感があって。例えば仕事が忙しいときに、仕事が終わってないのに、ご飯食べていいのかなって。こんなに進んでいないのに、いまオヤツタイムをとっていいのだろうかとか。充分な働きが出来ていないときは、苦しんでいなければいけない、みたいな。罰せられてないといけないんじゃないかという気持ちがあったんです。

でも友達が同じ状態だったら、「仕事進んでいないのに、オヤツ食べちゃダメだよ」とか絶対に言わないですよね。なのに自分に対してはそういう罰し方をしてしまっていて。自罰行為をやめるための訓練として、食べやすいものを周りに散らしておく。チョコパイとか、ぶどうとか、小さくて固いパン。

ちなみにTwitterとかで今日原稿進んでいないのに、「飲みにきちゃった」と書く文筆業の人を見ていると、自分のことのように心臓が……(笑)。

――SNSで言う必要ないですもんね(笑)。

餅井 表に出しちゃいけないことと、思ったりしてはいけないことの区別が曖昧で。最近の私の基準では表に出してはダメだけど、隠れてやる分にはいいかなと。思う分には私の自由だなと考えるようになりました。

いま週に3回アルバイトをしているのですが、給湯室で飲み物をつくってくつろいだり、オフィスからときどき脱走したり、いい感じでサボれるようになったんです(笑)。

――たくましい(笑)。

餅井 昔はもっと「時給以上の働きをしなければ」「会社の人の役に立たなければ」みたいな気負いがあったんですけど。バイトなのに……。いまは怒られはしないけれども、そんなに褒められたりもしない適当なアルバイトとして働いています。

虚弱ではなく、技術を売る

――そうした変化のきっかけはあったのでしょうか。

餅井 決定的に何かが変わるイベントはなく、やっぱり慣れなんじゃないかと思います。たぶん、2018年の私に「ベクトルを外に向けよう」と言っても無理でした。その当時、「海外旅行に行かないの?」と聞かれたことがあって、「箱根が限界です」と答えていました。具合が悪くなるのが怖かった。でも今は「海外か、いいな」っていう気持ちがあって、それはベクトルが外に向いたことのあらわれでもある気がします。

――さきほど「虚弱キャラ」で行かなきゃいけないと思っていたと話をしていましたが、そうしたキャラを求められていた部分はありますか。

餅井 ライターとしてですよね。本当はそんなことはないのですが、私は求められているような気がしていました。でも虚弱とか精神的な波があるからといって、それを自分のキャリアの軸にするのは難しいかなと。

それを自分のアイデンティティにしても危ない。自分の虚弱なキャラで人を殴ってしまったらどうしようとも考えた。どこかで無理が来るだろうなと思いました。

そういう「生きづらさ」みたいなパッケージが危ういのではないか、という話を同業の人にしたときに、「餅井さんは、虚弱じゃなくても文章書けるから大丈夫」と言ってもらって、自信がついた部分もあります。

文章を褒めてもらう時も、内容ではなく、文章が読みやすいと褒めてくださる方もいて。その中で、内容やテーマ、パッケージも大事だけれども、ライターとして売りにした方がいいのは技術なんじゃないかって思いました。まだまだですけど。

――自分の虚弱さではなく、技術を売ろうと。いいですね。

餅井 テーマ性とか、誰がなにを書いたのかが重要視されすぎだと思うようになった。そういう気持ちが、文章で人の気持ちに訴えることがおこがましいなという考えと同時進行で起こりました。

中身にいいことが書いてあるだけじゃなくて、読みやすい文章がその場で読めるということが、実は役に立つんじゃないかと思ったんです。

寝れなくて嫌なことばかり考えてしまうとか、今日は朝まで自分を害さずにいられるだろうか、といった時に、スマホの文章や本を読んで乗り切るみたいな夜がある。そこではたぶん内容はそこまで大事ではなくて、文字に集中することで、一晩なんとか乗り切れるんですよね。

だから『へんしん不要』では、伝えるための力があるものではなくて、編み物をしてて気持ちいいみたいな、ちゃんと編めるかどうかはおいといて、いま編み物していること自体が楽しいみたいな。なんか、うまく言えないんですけど、そんな文章を目指しました。
(聞き手・構成/山本ぽてと)

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