お寺の住職が子育てで直面した絶望。暗闇から模索した「グリーフケア」

文=玉居子泰子
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東日本大震災の被災地で痛感した「お寺の役割」

 奈保さんにとって唯一自分に戻れるのは、週に二度来てくれる訪問看護師と話すひと時だった。

 2016年に医療ケア児の支援が自治体の努力義務とされる法律(「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律 及び児童福祉法の一部を改正する法律」平成28年、6月3日施行)ができたことで、人工呼吸器を始め生活を営むための医療を要する障害がある「医療ケア児」に対し、各自治体が大勢の整備や支援を行わなければならないという「努力義務規定」ができた。

「当時、次男は2歳でした。インターネットでそういう制度ができたことを知って。だからと言ってすぐに自治体が訪問看護の長時間利用を進めてくれるわけではなく、前例がないことはなかなか進まないとい言うこともわかりました。それでも、NPO法人フローレンスのように障害児の支援に動いている団体もあると知って、直接代表にコンタクトを取ったことから、うちの自治体でも長時間の障害児訪問保育を利用できるようになったんです。

 すると、生活がガラリと変わりました。朝9時から夕方まで保育士さんがきてくれる。次男が生まれてから初めて自分に余裕ができて、長男にももっと時間をかけてあげられるようになったし、ようやくお寺の仕事にも目が向き始めた。“自分から動けば何か変わるんだ”とも気づきました」(奈保さん)

 一方の窪田住職は、東日本大震災が発生したのち被災地にボランティアに向かっている。

「被災地を訪れてみると、お寺が果たす役割がたくさんあるとわかりました。救援物資が届けられてそれを被災された方にお渡しできる場所でもあり、避難所でもあり、ご遺骨の安置所にもなる。地域の人が安心して身を寄せることができる。日本全国にお寺は約7万軒あるんです。コンビニよりも多い。だからそれぞれのお寺が、もっと地域の人に開かれていったら社会はきっともっと良くなると思いました。寺が果たせる役割が、あるはずだと確信したんです」

 東京に戻り、窪田住職は勝林寺をより地域の人たちの暮らしの寄り添う場所に変えていくことにした。首都圏で大型の震災を含む災害が発生した際にも、人々が安心して身を寄せられるようにと、2016年には徹底した耐震構造にこだわって、建物を全面的に改築した。

 そして改装の途中から「自分たちと同じように、医療ケアが必要な子や障害がある子を抱えて家で孤独に苦しんでいる親御さんがいたら、ちょっとでも息が抜ける場所を作ってもらいたい」という思いが生まれてきた。

 二人は「くつろぎば」という名で、ハンディがある子を持つ親御さん同士、集まって話しましょうという場所を作り始めた。後半では、窪田住職と奈保さんが取り組んでいる「グリーフケア」について、詳しく伺っていく。

<後編に続く>

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窪田充栄 勝林寺住職
1977年東京都生まれ。國學院大学文学部卒。埼玉県新座市平林寺専門道場にて修行。2011年3月11日の東日本大震災後、東北の被災地でボランティアを経験し、人と暮らしの間にあるお寺を目指し、地域活動や障害児への支援活動、くつろぎばの発起人として、活動中。禅の教えから、様々な支援活動を展開中。

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