
東京都豊島区にある勝林寺
東京都豊島区にある臨済宗 妙心寺派 萬年山 勝林寺の窪田充栄住職と妻の奈保さん。10年前に生まれた長男には知的障害を伴う発達障害があり、8年前に誕生した次男は出産時の分娩トラブルで脳性麻痺を患った。同時期に親の介護や看取りも重なり、立て続けに起きる困難を前に、「神も仏もない」と苦悩した。
それでも彼らが、「人と暮らしの間にあるお寺」としてできる限りのことをしていこうと前を向けたのは、自分たちの悲嘆=グリーフに向き合う、ある講座がきっかけになったという。
お寺の住職が子育てで直面した絶望。暗闇から模索した「グリーフケア」
子どもが生まれるとわかった時、多くの親は明るい気持ちを抱くものだ。出産後にどんな生活になるのかとワクワクしながら。だが一方で、妊娠・出産・育児…
僧侶として初の看取りは死産の赤ちゃんだった
大切な人との死別に際し、残された人が抱える深い悲しみや喪失感を英語で「グリーフ」という。その悲嘆から回復していくまで何度もゆらぐ思いに寄り添おうという試みが「グリーフケア」と呼ばれ、近年は日本でも遺族ケアを中心に病院やホスピス施設などでプログラムが組まれることが増えた。
窪田住職が「グリーフケア」という言葉に出会ったのは、長男が生まれてすぐの10年ほど前。宗派を超えた僧侶のための勉強会に参加した時のことだった。
「浄土宗の和尚さんたちが『グリーフケア」という言葉を使っていて。お恥ずかしながら私は何のことかわからず、『グリーンケア』と聞き間違い、何か植物を使って庭などを見て心を落ち着ける方法なのかなんて思っていたくらいだったんです(笑)。でもその後、妻が一般社団法人リヴオンという団体が行なっているグリーフケア講座に出ることがあって、『すごくよかった』と。そこで私も思うところがあって、僧侶のためのグリーフケア連続講座を受けてみたんです」
思うところがあった、というのは、さらに10年ほど前に遡る。大学を卒業し、実家の寺を継ぐ前に修行に入った窪田さん。修行が終わり、僧侶として初めて自分の寺の法務に携わることになったのだが、それが生後すぐの赤ちゃんの葬儀だった。
「うちの檀家さんではなく、別のお寺さんに頼まれて行ったのですが、亡くなって生まれてきた赤ちゃんだったんです。葬儀場ではなく産婦人科の院長室の片隅で、ご家族3人だけの葬儀をあげました。赤ちゃんの葬儀というのは、ご長寿を全うして亡くなられた方のそれとは空気も意味合いもやはりまったく異なるものでした。私の経験が浅かったこともありますが、僧侶としてどう向き合えばいいのか、ご家族にどう声をかけたらいいか全くわかりませんでした」
出産を終えたばかりのお母さんが、涙ながらに「どうかこの子をよろしくお願いします」と言う。窪田さんは「安心してください。しっかり送らせていただきます」と答えたものの、何も言えなくなった。
「お母さんにかける言葉が何も思い浮かばなかったんです。その後も一周忌、三回忌とご縁が結ばれて法事を行いましたが、御経をあげる後ろでお母さんが泣いている。少しでも楽になるような言葉をかけたい、何かいいことを言わなければと思いながら、ずっと言葉が出なかったんです。その体験が、ずっと私の中に残っていました」
死別だけでなく、誰もが小さなグリーフの中に生きている
僧侶として大切な人のグリーフにどう向き合えばいいのか、長年の課題へのヒントを探るように、窪田さんはグリーフケア講座に向き合った。グリーフを学ぶうちに、窪田さんはあることに気がついたという。
「自分もまた、グリーフの中に生きているんだなということがわかったんです。グリーフは喪失による悲嘆です。死別が主ですが、そうではなくても、喪失感は生きていれば大なり小なり持っていますよね。子どもを亡くすというのはそれは大きな喪失ですが、事故で腕を無くすとか、ペットをなくすとか、大切にしていた物を無くすとか、大好きなお店が閉店してしまった、ということだってグリーフにつながります。私が、障害がある子を二人授かって『“普通の子育て”ができないんだ』という思いを抱いてしまうこともまた、私のグリーフだったと気づいたのです」
次男の誕生後、長男の障害も明らかになり、父を亡くし……と、いくつもの壁にぶち当たり、記憶がないほどに必死で日々を過ごしていたという窪田夫妻と、周りの人は腫れ物に触るように一定の距離を保って接していた。
つい「普通」と比べてしまう自分たちの苦しみを誰にも吐き出せず共有できなかった。でも、同じように苦しんでいる人たちもきっといる。それならば、町に開かれた存在であるはずの寺に生きる自分たちが、まずそうした悲しみを共有できる場所を作っていこう。
そんなふうに窪田さんたちは決心をする。
水族館にプラネタリウム、七五三。医療ケアが必要でも外出できるように

七五三法要の記念撮影(左が次男で右が長男)。。ハンディを抱えていても安心して着付けから撮影までを任せられる
改装し広くなった客殿のコミュニティスペースや畳の書院や、風通しの良い木造の本堂を使って、勝林寺では様々な催しが行われるようになった。
はじめは、障害があるお子さんがいるご家族に向けた「くつろぎば」で、同じように苦労している人たちが集まり、つながるところから始めた。
「次男のように医療ケアが必要で、呼吸器や胃ろう、医療用バギーが必要な子がいると外出がまならないんですね。利用していた小児専門の訪問看護ステーションさんの協力を得て、看護師さんにもきていただいて、季節のご飯をケータリングしながら、あれこれお話ししたり思いを共有する場所を作りました。『家族で外出したのは初めて』といってくださる人もいたんです」(奈保さん)
その後、ボランティアで協力してくれる人も増え、水族館やプラネタリウム、音楽会など、次々と催しを開催するようになる。参加希望者が多すぎて抽選になることもあった。
また4年ほど前から始めた七五三は、ハンディを抱えたお子さんがいるご家族に1組ずつ限定で法要し、着付けからヘアメイク、撮影まで寺内で行えるとあって、あっというまに口コミで広まった。
「普通の七五三って、神社に行くとたくさんの健常の子たちがいて、そのご家族の姿を見ているとどうしてもつらくなってしまうんですよね。だからうちは1組ずつ来ていただいて。看護師さんにも来てもらっていますし、着付けも全部うちで済むから手ぶらで来てもらえるようにしています。障害や疾患がある子と健常のご兄弟と両方うちに来てくださったご家族もあります」(奈保さん)
普通でなくてもいい、それぞれが幸せを感じられる体験を

コロナ休校をきっかけに大きな絵を描くことに夢中になっているという長男。自宅や境内にあるものや植物を模写しながら、オリジナリティ溢れる色使いで鮮やかに仕上げている
少しずつ町に開かれた場所を作っていくことで、自分たちの心もまた少しずつ癒されていっていることに気が付いたという窪田夫妻。2年前には第三子の男の子が誕生した。
「彼はまだ2歳で、障害の有無もわからず、どうなるかなぁと見守っているところですね。でも、障害や疾患がある兄たちがいても、他の兄弟にもそれぞれ子供らしい時間や楽しみを持たせてあげたいなと思っています。今はコロナ禍で付き添いも難しい中、次男は入院が多く心配ですが、でもそういう時は気持ちを切り替えて他の二人を連れて、普段できない外食をするとか……。学校だけでなく放課後デイケアなど行政の支援も、使えるものはどんどん使えるよう自分たちで働きかけながら、親を含めて家族が閉じこもらないようにしていきたいと思っています」
まだまだ重い疾患や障害がある子どもたちの居場所は、そうたくさん開かれていない。それでも少しずつ、街や地域を巻き込んで人と人が繋がっていくことで支え合えることはある。
「くつろぎばで、日本に数例しかない病気を持つお子さん同士がたまたま知り合えた、なんてこともありました」と奈保さん。「逆に、健常の子たちやその親御さんと繋がる機会はあまり多くはないけれど、でも、うちの子はうちの子らしく、自分が幸せでいられることをしていってほしい。それを支えていこう、と思えるようになりましたね」
支援級に通う長男は、小学生になってから少しずつ絵を描いていたが、コロナ対策の休校中には毎日、大きな紙に次々と絵を描き始めたという。
「最初は小さな画用紙を与えていたんですが、それじゃ足りなくなって、どんどん自分で紙をくっつけて描くようになりました。くつろぎばでワークショップをしてくださっていたアートの先生がたまたま息子の絵を見て、褒めてくださって。以来、先生になって教えてくださっているというか、一緒に絵を描いてくださっているんです。私たちは絵のことは全然わからないけれど、本人が夢中になれることに出会えたことがただただ嬉しいんですよね」(奈保さん)
神も仏もない、と嘆いた窪田夫妻のグリーフはもしかすると完全に癒されることはないのかもしれない。でも閉じた心を少しずつ自分から開くことで、たくさんの可能性が繋がっていく。
窪田さんが言うように私たちは誰もが何かしらのグリーフを抱いて生きている。その穴が完全に埋められなくても、自分の内側にある弱さを見せて人と繋がっていくことで、また新しい一歩が踏み出せるのかもしれない。

窪田充栄 勝林寺住職
1977年東京都生まれ。國學院大学文学部卒。埼玉県新座市平林寺専門道場にて修行。2011年3月11日の東日本大震災後、東北の被災地でボランティアを経験し、人と暮らしの間にあるお寺を目指し、地域活動や障害児への支援活動、くつろぎばの発起人として、活動中。禅の教えから、様々な支援活動を展開中。
注)新型コロナウィルスの感染対策として現在「くつろぎ場」一部「寺子屋」は休止中。お問い合わせはホームページフォームより随時受付中です。
注)脳性麻痺
運動困難と筋肉のこわばりを特徴とする症候群。出生前の脳の発育途中で生じた脳の奇形か、出生前や分娩中、または出生直後に起きた脳損傷による。障害の程度や種類は一人ひとり異なる。