
GettyImagesより
ルイ・ヴィトンの白いドレスを軽やかにまとった大坂なおみ選手が米国版ヴォーグ1月号の表紙を飾る。撮影はアニー・リーボウィッツ。大坂選手はその写真と共に、同誌の記事中に掲載されるマスクを着けた写真もツイッターにアップした。
マスクには「EMMETT TILL(エメット・ティル)」と書かれている。エメットは「白人女性に口笛を吹いた」として拷問の挙句に殺害され、遺体を川に投げ込まれた14歳の黒人少年だ。激しい人種差別が吹き荒れる1950年代の米国南部ミシシッピ州での出来事だった。
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— NaomiOsaka大坂なおみ (@naomiosaka) December 11, 2020
母親でさえ識別できなかった遺体の顔
1955年の夏、シカゴで生まれ育ったエメットはミシシッピの親戚の家を訪れていた。イトコたちと町の食料品屋にキャンディを買いに行った際、店番をしていた白人女性キャロリン・ブライアント(当時21歳)に、男性が女性を冷やかす際に吹く口笛を吹いたとされている。それを知ったキャロリンの夫と、夫の兄はエメットが泊まっていた親戚の家を夜中に急襲し、エメットをベッドから引きずり出して連れ去り、小屋で数時間にわたって拷問を加えた。その後、頭を撃って殺し、錘(おもり)として首にコットンの種取り機の部品を有刺鉄線で巻き付け、遺体を川に捨てた。
3日後に川から引き上げられたエメットの遺体の顔は、母親でさえも識別できないほどに変形していた。頭部全体は2倍の大きさに膨張していた。眼球は飛び出し、胸元に垂れ下がっていた。鼻は削がれたようだった。母親は遺体をシカゴに運び、葬儀ではあえて棺の蓋を開け、参列者に変わり果てた息子の姿を公開した。昔から連綿と続く黒人へのリンチと殺害を世に知らしめるためだ。遺体の写真は大手メディアにも掲載され、世界中に出回った。ハンサムでオシャレ好きな息子が自慢だった母親のメイミー・ティルにとって、まさに苦渋の決断だったに違いない。
エメットの遺体の写真へのリンク
https://www.facingsouth.org/2016/08/living-legacy-emmett-tills-casket
http://100photos.time.com/photos/emmett-till-david-jackson
キャロリンの夫ロイ・ブライアント(当時24歳)と、夫の兄J.W.ミリアム(同36歳)は裁判では犯行を否認し、あっさり無罪となっている。後日、ふたりは4,000ドルのギャラを受け取って雑誌の取材を受け、その際にエメット殺害を認めた。しかしながら再逮捕は行われなかった。
キャロリン自身も「エメットに冷やかされた」「腰に腕を回された」などと証言していたが、2007年に取材された際、「あれは嘘だった」と語っている。エメットと共にいたイトコは、エメットは口笛を店内ではなく、店の外で吹いたと証言している。
「黒人男に白人女性を寝取られる」
キャロリンの夫と、その兄がエメットを殺すほど怒り狂ったのは、白人男性の間に浸透している「黒人男に白人女性を寝取られる」神話が理由だ。精力絶倫な黒人男が自分の所有物である白人女性を犯し、または白人女性がタブーを冒してでもそうした黒人男性に惹かれて密会するという根拠のないイメージに、白人男性自身ががんじがらめになってきたのだ。白人女性がその神話を利用し、他の白人男性との不倫が露見しそうになった際に「黒人に犯された」と嘘を付き、濡れ衣を着せられた黒人男性がリンチ殺害されることも少なからずあった。
エメットの件では性交渉などなかったことはキャロリンの夫も知るところだが、自分の妻が下等な黒人男に色目を使われただけで自分の尊厳に傷が付き、引いては白人社会全体への冒涜であると捉えたのだった。夫の兄は、エメットを殺した理由を聞かれた際に以下のように答えている。
「俺に他に何ができた? 奴は自分を白人男性と同様に上等だと思ってたんだ」
こうした凄まじい人種差別の中でも殊更に恐ろしいのが、相手が子供でもあっても一切の容赦がなく、大人同様にリンチや殺害が行われてしまうことだ。エメットは14歳にしては大柄だったが、それでも子供であることは一目瞭然だ。本来、人間は子供を見れば保護の本能が働き、仮に子供の言動に問題があった(と自分が思う)場合も大人に対するのと同等の処罰は行わない。むしろ「教え、諭す」。しかし、黒人の少年たちは常に例外として扱われ、それは現代社会においても同じだ。
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