「スペックのかけ算では負けない」と自負する東大生が経験した挫折と恋愛

文=清田隆之
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GettyImagesより

(※本稿の初出は『yomyom vol.65』(新潮社)です)

【一般男性と呼ばれた男】

 恋バナ収集ユニット「桃山商事」の一員としてこれまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾けてきた清田隆之さんが、「一般男性」にインタビューをし、彼らが何を感じ、どんなことを考えながら生きているのか、彼らの声にじっくり耳を傾けていく「yomyom」の連載。

 今回ご登場いただいたのは、学歴社会のトップである東京大学の4年生・有村悠人さん(仮名)。前編では有村さんが東大に合格するまでの3度の挫折と、現在彼が持つ自信の根源と言える部分についてお届けします。

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 ここで言う“一般男性”とは社会的多数派(マジョリティ)の男性を指している。言葉のニュアンスから「平均的な」とか「ありふれた」といった意味を想起するかもしれないが、必ずしもそういうわけではない。例えば高学歴・高収入・高身長の男性は“ハイスペック”などと言われるが、それは「みんな」が目指し、「みんな」が欲するものを兼ね備えているということだ。

 マジョリティは社会の基準として扱われ、制度的に優遇されたり、市場やインフラからの恩恵を受けやすかったりと、ある種の特権を与えられていることは確かだ。しかし一方で、そこは激しい競争社会でもあり、ひとたび敗北すれば寄る辺なき世界に転落してしまう恐怖もつきまとう。そんなピラミッドの頂点に立っている人には、一体どんな景色が見えているのか。

 今回お話を伺ったのは、学歴社会のトップに君臨する東京大学の4年生・有村悠人さん(仮名)だ。小学生のときから受験戦争に身を置き、途中三度の大きな挫折を経て東京大学に合格。頭の良さはもちろんのこと、運動能力もコミュニケーション能力も高く、オシャレや清潔感にも気を配っており、自分のスペックをかけ算すれば誰にも負けないと自負している。

 彼はこれまでどんな人生を歩み、どんな恋愛をしてきたのか。極めて率直に語られるその言葉からは、何かと記号で見られやすい東大生の内実の一端が窺い知れるとともに、否が応でも競争というものに囚われてしまう男性性の重要な部分が見え隠れしているような気がした。

ストイックな3年間がまったく通用しなかった

 両親と兄の4人家族で育ち、幼少期はごく普通の子という感じだったと思います。2つ上の兄が中学受験をした流れもあって僕も塾に通うことになったんですが、本格的に勉強し始めたら成績がめきめき伸びて、晴れて中高一貫の難関校に合格しました。元から運動が得意で、球技でも徒競走でも負け知らずのところに、勉強でもトップを極めてしまった。合格したときはいわゆる“天狗”になっていたように思います。

 ところがいざ入学してみると、自分より勉強ができる人がゴロゴロいて、成績は下位を低迷。おまけにホームルーム委員の仕事では忘れ物が多かったり、ファシリテーターとして会議をうまく回せなかったりと、自分の仕事のできなさに愕然としました。元から負けず嫌いなタイプだっただけにプライドはズタズタに傷つき、天狗の鼻が完全に折れた。これが第1の挫折です。

 でも、そんな敗北続きの自分が許せなかったし、認めたくもなかったので、あえてエスカレーター式に行ける高校には進まず、県内トップの公立高校を受験し直すことにしました。猛勉強し、低迷していた順位も少しずつ上昇していったのですが、結局その学校には届かず、トップ校の滑り止め的な位置づけの私立高校に入学することになりました。プライドはまたもやズタズタに……。これが2度目の挫折です。

 入った高校はとにかく進学実績を作るために「勉強第一!」というところで、入学してすぐに担任の先生から「お前ら部活になんか入るなよ」と宣告されたほどでした。そんなことしてる時間があったら勉強しろって、なかなかすごいことを言いますよね(笑)。この環境ではプライドを挽回する手段が勉強しかなかったし、もちろんこのままでは終われない、どうせやるなら上を目指そうということで特別進学コースに入り、合宿などにも参加しながらひたすら頑張りました。そして成績も順調に伸び、トップ集団の次くらいには名前が出るようになった。この頃にはもう「東大以外あり得ない!」という気持ちでしたね。

 そして迎えた高3のセンター試験。結果は……まさかの惨敗でした。東大に合格するためには900点満点中800点は欲しいところなんですが、結果は600点台中盤で、2次試験を受けるまでもなく不合格が確定的となった。高校生になってからは5時に起きて12時に寝るという毎日で、その間ずっと勉強してきました。漫画もゲームも恋愛も、娯楽という娯楽をすべて止めて勉強に捧げてきたんです。なのにそのストイックな3年間がまったく通用しなかった。とにかく絶望でしたね。それで東大は諦め、早稲田や慶應に目標を切り替えたんですが、早慶の問題集を解いているときの「何やってるんだろう俺は」って無力感がすごくつらくて……。同じくセンター試験で失敗したクラスメイトと空き教室で一緒に号泣したりもしました。これが第3の挫折です。

いくら開成だ筑駒だと言ったところで……

 現役時代は結局すべての私立に落ち、東大の2次試験ももちろん不合格で、予備校に通いながら浪人生活を送ることになりました。そこで最初に見直したのが生活習慣です。現役時代の僕は無理をしすぎていたというか、常に眠かったり疲れていたりで、勉強していてもちゃんと頭に入っていない部分が正直あった。そこで1日8時間は睡眠を確保し、予備校でも昼休みにしっかり仮眠を取るようにしたところ、集中力が飛躍的に向上しました。また、頭を坊主にし、服も曜日ごとのローテーションを決めるなど、勉強以外のことはなるべく考えないで済むような工夫もしました。脳のリソースの節約という感じですね。

 ただ、予備校を生きやすい環境にするための人づきあいはちゃんとやりました。いつも一人ぼっちというのもよくないし、情報交換も受験生には大事なことなので、同じ東大コースの仲間と友達になって。僕が通っていたのは都内の予備校だったんですが、同じ教室には開成、麻布、筑波大駒場など名だたる名門校の出身者も数多く在籍していて、そういう人たちと机を並べている事実に最初は少しビビっていました。中には、小学生の頃から全国模試の上位者としてしょっちゅう名前を見かけていた受験界の有名人もいたりして、「おお、この人が!」って思ったり(笑)。

 あと、僕はずっと共学育ちでしたが、開成とか麻布とか、男子校出身者たちの独特のノリに戸惑いを感じた部分もありました。なんだかやたら主張が強かったり、仲間と下ネタで盛り上がったり。あと二人称が「お前」っていうのもびっくりでしたね。

 でも、ビビる気持ちはすぐになくなりました。というのも、浪人になって最初に受けた模試でものすごくいい点が取れたんですね。現役時代にできる限り勉強して、センター試験のあとも必死に悪あがきして、不合格は決まっていたけど「来年の対策になるかも」と東大の2次試験も受けて、そういう諸々の頑張りが一気に結実したというか、とにかく手応えがすごくあって。このまま努力を重ねれば絶対に受かるだろうって確信を持てたんです。

 いくら開成だ筑駒だと言ったところで、東大に行けるのは多くて3割程度なんですよ。もちろんそれはものすごい数字ですけど、こうして模試の順位で僕のほうが上につけているのが現実で、必要以上にビビることはないなって。そこからはまさに無双状態で、自信と充実感に満ちあふれた浪人生活を送っていました。現役時代はE判定もしばしばだったのが模試では毎回A判定で、成績上位者の順位表にも名前が載ったりして。そうやって自分もランカーの仲間入りができたことは単純に気持ちよかったし、可処分時間の100%を好きな勉強に使える毎日がすごく楽しくて、本番の試験も「落ちるわけがない」という絶対的な自信を持ってのぞむことができました。そして結果は無事に合格。実際に試験もすらすら解くことができたし、予備校から依頼されていた「再現答案」(本番と同じ答案を書き写したもので、問題や解答を分析するための資料になります)を試験中にじっくり作る時間もありました。手応え通り、余裕の合格でしたね。

 高校の同学年では浪人含め東大に受かったのが僕だけで、1年間ズルをしてしまったものの、他の人たちに勝つことができた。また有村家初の東大ということで、みんなも盛大に祝ってくれました。大学受験に失敗していた兄には少し気を遣いましたが、挫折続きの人生をようやく挽回することができた気がして、本当にうれしかったです。

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