敵対するアラブ諸国に囲まれた、日本列島で言う四国の面積ほどの小さな国、イスラエル。建国の歴史、過去の戦争やテロ事件を鑑みて、イスラエルへ行くのも危険だと思っている人も多いと思う。だが、現実にはエル・アル航空(イスラエルの国営航空会社)は、テロリズムへの警戒から世界一安全な飛行機だと言われているのを知っているだろうか。また、近年、テロ事件も2000年代前半に比べると大幅に減少しており、ここ10年は自爆テロ事件も起こっていない。
それに、ユダヤ国家だから非常に宗教的で国民はユダヤ人ばかりだと誤解されているかもしれないが、実は国民の2割以上が外国生まれという非常に多様性に富んだ先進国なのである。そんな国イスラエルが発信する、大人のためのビタースイートな映画『声優夫婦の甘くない生活』が12月18日に公開される。
本作は1990年にソ連からイスラエルに移民したユダヤ系ロシア人の声優夫婦が新しい祖国でイチから人生を立て直す物語だ。ユダヤ系ロシア人の移民物語を背景に、夫婦の揺らぎや人生の再出発をハートフルなトーンで綴った本作は、日本人にとっても色々な意味で学びの多い作品だと言える。子供の頃、旧ソ連からイスラエルに移住したというエフゲニー・ルーマン監督に、イスラエルにおけるユダヤ・アイデンティティについて話を聞いた。
ユダヤ系ロシア人が貢献した「イスラエルの発展」
旧ソ連解体直前の「鉄のカーテン」が崩壊した1990年、ソ連に住む多くのユダヤ人がイスラエルへ移住した。外国映画の吹き替えで活躍したスター声優夫婦のヴィクトル(ウラジミール・フリードマン)とラヤ(マリア・ベルキン)もそうだ。だが、イスラエルではロシア語声優の需要がなく、ヘブライ語を学びながら仕事を探さなくてはいけない。ひょんなことからラヤは夫に内緒でテレフォンセックスの職につく。客の好みに合わせて変幻自在に声音を変えられる彼女は売れっ子となっていく。一方、希望通りの仕事につけないヴィクトル。次第に夫婦にすれ違いが生じる……というのがストーリー。
1948年のイスラエル建国後、1950年にイスラエルは帰還法を制定。世界中で安全を脅かされたユダヤ人とその子孫や家族のために、日常的にヘブライ語が話せてユダヤ教の伝統を現代社会に活かせる安住の地を提供した。その結果、第二次世界大戦後の1950年代に第1次、旧ソ連解体後の1990年代に第2次の大量移民がイスラエルに流入した。
エフゲニー・ルーマン監督によると、1990年代にイスラエルに移住した旧ソ連のユダヤ人は約100万人で当時の人口の20%を占めていたらしい。彼らの1/3が科学技術者で、これがイスラエルの技術・経済発展の一因となったという(※1)。近年、ロシアからの移民は年間5,000人から1万人に減少しているが、それでも監督曰く、イスラエル社会は「人種のるつぼ」ということだ。
アメリカではなく、イスラエルを移民先に選ぶユダヤ人
1990年代、100万人ものユダヤ系ロシア人がイスラエルに移民したが、中東の政治情勢を考えるとアメリカに移民したほうがよほど安全のようにも感じる。それなのに、ソ連からアメリカに移民したユダヤ系は60万人しかいなかった。それはなぜなのか──。

エフゲニー・ルーマン監督
監督はこう説明する。「イスラエルに移民するということにスピリチュアルな意味合いを見出している人が結構いる。ユダヤ教にも、キリスト教にも、イスラム教にとっても聖地と呼ばれている場所で、自分の人生により大きな意味があるんじゃないかと思ってイスラエルという地に意味を探している人が多いかもしれない」。
実はイスラエルはアメリカよりも移民国家である。アメリカの人口の約14%は移民だが(2017年時点 ※2)、イスラエルでは人口の約24%が外国生まれの移民だ。(2015年時点 ※3)。アメリカではメキシコとの国境を隔てる壁建設など不法移民の議論が活発だが、イスラエルではどのような移民問題があるのだろうかと監督に聞いてみると、イスラエルでは移民に関してそれほど大きな問題はないという。
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