東京ロックダウンはあり得るのかーーイギリス・ロックダウン体験レポート

文=中村木春
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GettyImagesより

 東京の1日あたりの新型コロナウイルス新規感染者数が800人を超え、危機感が高まっている。逼迫する医療体制。東京もロックダウンをする可能性があるのだろうか。そもそもロックダウンとは、どのようなものか? イギリスでの三カ月のロックダウンを経て10月に帰国した中村木春さんの体験レポートをお届けする。

 ロックダウンで飲食店は閉鎖。無職になる人々。具合が悪くなっても、コロナ以外の症状ではなかなか病院を受診させてもらえない。いわれなき差別、陰謀論の跋扈。その時イギリスでは、何が起こっていたのか。

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 世界各国で段階的に、新型コロナウイルスワクチンの接種が始まった。去年の今頃は、こんなニュースがヘッドラインを飾る日など想像もしていなかった。

 当時イギリスに住んでいた私は、「そういえばコロなんたらっていう病気が中国で流行っているらしいよ」という話をパブで小耳に挟んだとき、まさかそれが一気にヨーロッパに上陸し、あれよあれよという間にロックダウン(都市封鎖)、街から人が消えるとは思わずにいた。

 それからも人を街に戻してみたりまた規制してみたり、待ちに待ったワクチンの登場とほぼ同時に更なる新種の新型コロナウイルスが確認されたりと、間違いなく2020年は新型コロナウイルスに翻弄され続けた年だった。

 今年の春から夏にかけて、私はロンドンの街でロックダウンを経験した。忘れもしない3月23日、ボリス・ジョンソン英首相は全国的にロックダウンを実施するとの発表を行った。

「YOU MUST STAY AT HOME(あなたたちは家にいなければならない)」と話す彼の張り詰めた声色と頭のボサボサ具合が、事態の深刻さを物語っているようにみえた。一緒に放送を聞いていたルームメイトたちは、とうとうこうなっちゃったんだね、と呆然としていた。

 その日から、一日一回のエクササイズと生活必需品の買い物以外は原則外に出ることができない、いわゆる強制引きこもり生活が始まった。

 最初はまあ仕方がないよね、そのうちすぐに終わるだろう、休暇だと思ってのんびりしようなんて構えていた人々は、それが二カ月、三カ月と長引くにつれて疲弊していった。

 あんなに賑やかだったロンドンはすっかりもぬけの殻と化し、私は夜な夜なヘッドホンで爆音の玉置浩二を聴きながらネオンの消えた街中を徘徊して泣く、という謎の行動を繰り返した。

 ロックダウンにより長年の夢だった職を失い、さらに入居予定だった家の話もナシになった私は、なんとか優しい友人のシェアハウスに置いてもらえることになったのだが、自分の情けなさと悔しさをどうしていいのかわからず、それを徘徊によって発散しようとしていたのだろう。大好きなロンドンが、本当に変わってしまったのだということを肌で感じれば、この事実を受け入れることができるかなと思ったのかもしれない。

 私と同じように行くあてもなくさまよう人々のうつろな表情をみるたび、あぁきっと皆も同じ思いを抱えているんだ、と感じることだけが救いだった。

 そのぐらいロックダウンは人々のメンタルをかき回し、約三カ月の引きこもり生活は間違いなく私の脳に一生忘れ得ぬインパクトを残した。

 もちろん最前線で戦っている医療従事者の方々や感染者の方々に比べたら私の体験などそんなもの屁でもないわと言われることばかりだろうけど、いち一般市民として私が感じたことを通して、ロックダウンとは一体どういうものだったのかをお伝えできたらと思う。

どうしてもマスクをしたくない、コロナ陰謀論を信じる人々

 ロンドンのマスク着用率は、絶望的に低かった。正確な数字はわからないが、私が住んでいたエリアでは、きちんとマスクを着用している人は全体の半数にも満たなかったのではないかと思う(あくまでも当時の個人的な感想である)。

 特にスーパーや公園などで騒ぐ人々は、不思議なことに全員ほぼノーマスクであった。どこに行っても必ずマスクをしない人々がおり、彼らは一様に声がでかい。なぜなのか、誰か解明してほしい。

 そして街中やSNSでうんざりするほどよく聞いたのがマスクをする派しない派の論争である。

 「マスクしろ!」と叫ぶマスクする派の人々と、「うるせえ、そんなもんに効果あるわけないだろ!新型コロナウイルスなんて存在しないんだ、政府の陰謀だ」と叫び返すマスクしない派の人々、こんな風に飛沫上等の口論がバスの中などで始まった日にはお願いだから二人とも黙っておくれと心底願った。

 ただの布切れ一枚口にあてておけばみんな幸せなのだからそうしておけばいいじゃないかと思うのだけど、やはり長いものなんかに巻かれてたまるかというお国柄が関係しているのだろうか。

 日本に帰ってきて、一人残らずマスクをしている静かな電車に乗って妙に感動した。

コロナじゃないと病院で診てもらえない

 感染者数がうなぎ登りで医療サービスの崩壊が危惧されていた最中、朝起きたら左耳に違和感を感じた。

 これはまずいことになった。私は過去に突発性難聴を患ったことがあり、その経験から耳に関する違和感を感じたらとにかく秒速で病院にいくべしという鉄則が叩き込まれている。

 NHS(National Health Serviseの略。国営の医療サービスで、住民であれば原則無料で治療が受けられる)の病院に電話をしてみたが、保留音が鳴り響くばかりで繋がることはなかった。直接行って待っていたら診察してもらえるようなシステムがNHSにはなく、とりあえず電話やらアプリで予約をしなければならないのだが、この電話が永遠に繋がらない(映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」の中で、主人公が公共サービスに電話をかけその保留音をスピーカーモードで聞きながら待ち続けるシーンがあるのだけど、共感しすぎて泣けた)。

 電話を諦めてアプリから病状やらを書いて診察の依頼をする、と、一カ月後ならみられるかもしれないという答えが返ってきた。NHSがコロナで大変なのはニュースで散々知っているので、それならNHSではなく私立の病院に行こうと電話してみたら、その症状だと初診で350ポンド(およそ5万円)くらいとられるとのことだった。コロナ無職の私には到底無理な金額であった。

 ここでNHSに食い下がるのは本当に申し訳ない、もうこのまま泣き寝入りしようかと思ったのだが、しかしここで引き下がって耳が聞こえなくなったらどうしよう。恐怖に抗えず、思い切って救急病院に電話をして、みてもらうことにした。

 家から二時間ほどかけて病院に行くと、ここには耳の病気をみれる人がいないから大きな病院に行ってくれと言われ、日を改めて紹介してもらった病院にいくが今は耳鼻科の診察はしていないとのこと。私は絶望した。この間にも耳の違和感は耳鳴りに変わり、どんどん悪くなってきていた。

 「それなら、どうしたらいいんでしょうか?」と聞くと、一カ月後に診察してもらえるんだったらそれが最短だからそこでみてもらうしかないと言われた。とにかく処方箋だけでも出して欲しいと言ってネットで調べ尽くした知識で欲しい薬の種類と量を指定して詰め寄ると、医者は渋々承知してサインをした。

 薬を受け取りながらこれでいいのだろうか混乱している私に、「日本から来たなら葛飾北斎知ってる?」と薬剤師が聞いてきた。あっけにとられながらも知ってると言ったら薬剤師は喜んで、コロナが終わったら日本に行くんだと言ってはしゃいでいた。

 北斎オタクの薬剤師からもらった薬が効いたらしく、ひとまず耳鳴りは治ったので安心したのだが、私のように新型コロナウイルス以外の病気で病院にかかりたい貧乏人は一体どうするんだろう、そしてアプリやネットを駆使できない人々はそもそもどうやって医療サービスを受けるのだろうと想像すると気が遠くなった。

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