東京ロックダウンはあり得るのかーーイギリス・ロックダウン体験レポート

文=中村木春
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イギリスのBlack Lives Matter

 新型コロナウイルスの話題に混じって、Black Lives Matterがおおいに世間の注目を集めはじめたのは、ジョージ・フロイドさんの事件がきっかけだった。

 それからロンドンは毎週末のプロテストに、SNSでの情報発信に議論に続く議論ととにかく一気にざわめきたった。

 そんなある日、隣の家に住む黒人女性が玄関の前で泣いていた。どうしたの、と聞くと彼女は「家を追い出された」と言った。

 話はこうだった、隣の家も私たちのように多国籍メンバーが集まるシェアハウスなのだが、そこに住む唯一の黒人である彼女が「BLMのプロテストに行きたい」と言うと、他の白人メンバーは全員断固として反対し、プロテストに行くならここを出ていって欲しいと迫ったのだという。

 「コロナを持ち込まれないかが心配だから」というのが表向きの理由であった。

 白人メンバーが違法な野外パーティーなどに行くのはよくて、彼女がBLMプロテストに行くことがなぜ許されないのか? それは彼らにとって、BLMのプロテストは”自分とは関係ないこと”だからなのだ。そう言って肩を震わせる彼女を、ぎこちなく抱き寄せることしか私にはできなかった。それと同時に、こんな時にもソーシャル・ディスタンスの心配が頭をよぎったことが悲しかった。

 当時の私は、BLMは自分とは遠いできごと、白人と黒人の間にあるいざこざ程度にしか考えることができておらず、目の前で起こっているこの現実に一体どう対処していいのか、全くわからなかった。

 この件があってから、私の住むシェアハウスでも、話題はコロナかBLMかの二択と化し、私は差別というもののなんたるかを浴びるように聞いた。寝ても覚めてもこの話題が続き、正直しんどいと思ったこともあったが、今ではあの時、自分の無知を知れてよかった、と思っている。そして同時に、今まで気がつかなくて本当に申し訳なかったと思う。声をあげてもらってやっと気づいた自分が、恥ずかしかった。

 このほかにも、スーパーの大行列や久しぶりにレストランが開いた時の人々のお祭り騒ぎなど珍妙な出来事のオンパレードで、一言で言えばロックダウンは、異常だった。

 この期間に、自分の天職を見つけたり恋人を見つけたりスキルアップに励んだりとポジティブに成長を遂げた人々もいるらしいのだが、少なくとも私や私の周りの人はただ日常の変化に戸惑い、おかしな行動をとったり落ち込んでみたりいきなりエアロビを初めて膝を壊したりとみんな血迷っていた。

 段階的に日常が戻ってくるにつれ、人々も私も正気を取り戻していったのだが、規制が厳しかった最初の三カ月間は、正直言うと辛かった。

 しかし当時は、辛いなんて口にすることもはばかられた。医療従事者や宅配業者やスーパーのレジの方々などが感染の恐怖にさらされながら懸命に働いている姿を見て、私の辛さなんてあの人たちに比べたらなんてちっぽけなんだ、こんなことを思う私は大馬鹿者だ、と必死に明るく引きこもるようつとめた。

 今改めて思い出してみたが、いや、やっぱり辛いものは辛いのだ。もし日本がロックダウンすることになったら、私はどこか遠い島に逃げたい。

 ロックダウンは、辛い。

 この1回目のロックダウンの後、夏という季節もあいまってレストランや公園は人で溢れた。まるでパンデミックなど終わってしまったみたいだった。イギリス版Go ToトラベルともいえるEat Out to Help Outという飲食代が半額になるシステムまで導入され、どこに行っても人・人・人であった。

 その結果、再びロックダウンが行われ、それが終わるとまた街に人があふれ、また規制を厳しくしたりといたちごっこが続くイギリスの今をみていると、人というのはどんな状況にも結局は慣れてしまうものなんだなと痛感する。

 初心だ、初心に帰ろうとこの記事を書いている間、コロナが流行り始めたころと同じくらいの頻度と丁寧さでもって手を洗い続けていたら、すぐに手がボロボロになった。でもいいのだ、これでいいのだ。

現在のイギリスの状況は?

 イギリスでは待ちに待ったワクチンの接種が始まり、開始から二週間で35万人あまりが接種を受けた。介護施設の住民や介護者、80歳以上の高齢者、一部の医療従事者などから優先的に接種を行い、徐々に行き渡らせていく計画だという。

 17日、一日の新規感染者数が3万5383人(日本の約11倍である)とついに過去最多を記録したイギリスはこのワクチンの登場で皆さぞ喜んでるだろうなぁと思い、ロンドンに住む友人に連絡してみた。

 すると彼は「俺はワクチンなんか打たない。政府の陰謀だ」とコロナ陰謀説の次はワクチン陰謀説を展開していた。

 彼らは「アンチ・バクサー(反ワクチン主義者)」と呼ばれ、若者の間では決して少なくない数の人がこれにあたるという。UKパンクの精神は死んでいなかったんだなと私は妙に納得した。

 しかし、このように反発する人はごく少数派で、大多数は期待しながらもまだもう少し様子を見たいと考えているようだ。

 現在イギリスは2回目のロックダウンを終え、各地域ごとに異なる警戒レベル(ティア)を導入し対策を続けている。

 20日からロンドンではもっとも高い警戒レベルのティア4(事実上の3回目のロックダウン)が導入され、生活必需品を扱う店舗以外は営業禁止、学校やどうしても遠隔で行うことのできない仕事に行くときを除いて原則家にいることが義務付けられた。

 この地域ではクリスマスに予定されていた規制緩和も取りやめとなり、多くの人々が楽しみにしていた予定のキャンセルを余儀なくされた。

 ニュースをつけると、「久しぶりに家族の顔を見られるこの日を楽しみにしていたのに、政府はひどい」と言って涙ぐむお婆ちゃんのコメントが映し出された。ニュースキャスターは、何も言わずただ深く、深く頷いていた。

 この映像をみて、胸にぐっとこみあげるものがあった。何か、そこにかすかな希望のようなものをみた、と思った。

 ロックダウンするしか、こうするしかないのだと頭ではわかっていても、どうすることもできないこの悔しさを、いま私たちは理解しあうことができる。

 言葉にできない感情の機微を、皮肉にもこのパンデミックによって前よりも共有しあえるようになったように思う。

 世界中の人たちと、”あの時は”大変だったね、と言いあえるような日が早くくることを願っている。

(※最新の情報に修正し、更新しました:2020年12月21日)

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