「日本人は論理的でなくていい」説に隠された“そのままでいいんだ”への欲求

文=早川タダノリ
【この記事のキーワード】

 本書『日本人は論理的でなくていい』は、こんな問いかけから始まります。

<日本人にノーベル賞受賞が多いのはなぜ?
 日本食や炭素繊維などで、日本が世界を席巻できるのはなぜ?
 新型コロナウイルス禍に「自粛」で戦えた本当の理由は?
 こうした疑問は日本人なら、なんとなく持っている。その答えは、日本人が昔から培ってきた独特の民族性に由来すると言うと、びっくりする人がいるだろう>

 ①「ノーベル賞受賞が多い」、②「(世界を席巻する)日本食や炭素繊維」、③「新型コロナウィルス禍に「自粛」で戦えた」……いずれもいわゆる「日本スゴイ」コンテンツとしてよく持ち出されてきた要素です。山本氏はここで、「日本人」はこんなにスゴイんだと言いたいのでしょうが、一つ一つを吟味してみと……微妙です。

 例えば、①「ノーベル賞受賞が多い」。文部科学省が毎年発表している「文部科学統計要覧 令和2年版」(リンク)によれば、1901年から2019年までの国別ノーベル賞受賞者数でみると、日本は合計27人で、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス……についで第7位です。一位のアメリカは受賞者数が合計361人ですから10倍以上の差がつけられているわけですが、受賞者ゼロの国に比べれば受賞者は「多い」とは言えるでしょう。しかし、ノーベル賞はあくまでも個人(共同研究・機関含む)の業績に対して与えられるものです。この数字から何らかの「日本人の民族性」を論証するには、相当なムリがあります。

 また③の「新型コロナウイルス禍に「自粛」で戦えた」という言説も、2020年前半には流行しましたが、新型コロナ禍第3波を迎えた2020年12月の現在では、あまり目にしなくなりました。本書の刊行は2020年10月はじめ。当時のたいそう楽観的な見通しを山本氏が開陳してしまったものが、本として歴史に残ってしまったのでしょう。

「日本人」のサンプルは何人?

 日本人の民族性は「内向型で感覚型でフィーリング型(気持ち型)」だと本書冒頭で規定した山本氏ですが、「民族性」と言うからには「日本人」を構成する大きな集団の、相当な数のサンプルをとって調査したのかと思いきや、まったくそうではないのでした。

 山本氏が駆使する「日本人の民族性」規定は、その多くを、山口實『ユングのタイプ論に基づく世界諸国の国民性』(CCCメディアハウス、2017年)に依拠しています。ユングのタイプ論(気質論)とは、スイスの心理学者C・G・ユング(1875-1961年)が、自身の診療経験をもとに人間の気質を8種類に分類したものですが、本論とはあまり関係ないので詳細は省略します。

 ユングは自分が診療した患者をもとにして人間の気質を考えましたが、『ユングのタイプ論に基づく世界諸国の国民性』ではどのように「国民性」を調べていたのでしょうか。

 同書ではオーストリア人、イタリア人、ギリシア人、アルゼンチン人……など、22カ国もの「国民性」を分類しています。各国のパートについている典拠を見てみると、例えば「イタリア人」の場合、資料はイタリア人について書かれた一般書4冊と、インタビューは「ある著名なイタリア人」1名と日本のビジネスマン。人的接触として「留学中に知り合った十数人のイタリア人」、そして「夏休みにイタリア各地を見聞」……たったこれだけで、「イタリア人の国民性」を描き出しているのです。「中国人」パートのインタビューは中国人5人、「フランス人」パートではインタビューはフランス人1人に日本人2人。これで「民族性」「国民性」を語れてしまうのには驚きました。

 では肝心の「日本人」パートはといえば、資料として挙げられているのはなんと5冊の文献だけで、しかもその中には、山本七平がユダヤ人「イザヤ・ベンダサン」を名乗って書いた『日本人とユダヤ人』(山本書店、1971年)まで入っていました……。著者は数多くの「日本人」と接してきたのかもしれませんが、それはあくまでも一個人の体験にほかならず、統計的にも整理できないようなこうした個人的接触体験をもって「日本人の国民性は内向感覚型・内向気持型」と分類していたわけですね。

 つまり、山本氏が言う『日本人は論理的でなくていい』説の基礎をなす「日本人の民族性」のネタとなった文献からして、著者の主観をもっぱらとした、エビデンスとしては危なっかしいものであったのです。科学者として業績をあげている山本氏が、どうしてこんな根拠薄弱なものに乗っかってしまったのか。自分の主張に合致する「データ」に、それこそ「フィーリング的」に飛びついてしまったのではないかと推測せざるを得ません。

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