新型コロナウイルス感染率・死亡率は国内の4倍? あまりに無力だった精神科病院の現状

文=みわよしこ
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クラスターが多数発生した「精神科療養病棟」「認知症治療病棟」とは

 精神科病院での新型コロナ感染クラスター発生のうち、病棟種別が明確になっているものでは、「精神科療養病棟」と「認知症治療病棟」、一般精神科病棟の中でも人員配置の少ないタイプの病棟が目立つ。戦後、民間精神科病院を中心とした精神保健福祉が確立されて以来の精神科病院の”ビジネスモデル”は、「長期にわたって収容しつづけることで収益を上げる」と表現することができるだろう。そのイメージに最も近いのが、これらの病棟である。

 精神科療養病棟とは、精神的に大きな動揺がなく、病状が安定している患者を対象としている病棟である。急性期のように多くのスタッフが関わって手厚い治療を行う必要はなくなっており、病状も安定しているのなら、「退院を」と考えるのが自然だろう。しかし日本の精神科病棟では、そういう成り行きにはなりにくい。

 2019年の厚労省の調査によれば、約85000人が精神科療養病棟に入院していた。1年以上にわたって入院している患者は約68000人、うち11000人は20年以上にわたって入院し続けていた。退院先がないため仕方なく入院し続けている、いわゆる「社会的入院」患者が多い病棟である。「社会的入院」が長年にわたって問題視されてきた結果として、比較的若年の統合失調症患者を中心に、退院や地域定着の実績は増えつつある。

 精神科療養病棟からの退院実績が向上するのと前後する形で存在感を増してきたのが、認知症治療病棟である。病床数は緩やかに増加し、2019年時点では約33000人が入院していた。

 長期にわたって施設内に隔離し、自由を奪うことは、それ自体が人権問題である。また、長期入院患者が多いということは、患者の高齢化を意味する。入院患者のうち65歳以上の高齢者の比率は、精神科療養病棟では約60%、認知症治療病棟では約95%である。

 さらに、これらの病棟には、「有資格看護師が少ない」という問題もある。

 数多くの社会的入院患者が入院し続けている民間精神科病院の精神科療養病棟では、看護スタッフの半数は「看護補助者」でよいこととなっている。また、2種類ある認知症治療病棟の人員基準は、看護師より看護補助者の方が多くなるように設定されている。

 基準が定めているのは最低ラインである。多くの場合、看護師等の人数は基準よりも多い。しかし、「資格がなくてはならない専門的な仕事は有資格看護師に、それ以外の仕事は無資格のスタッフに任せて」という方針で、効率を高めることは可能だろうか。

 前出の有我さんは、「それでは、有資格看護師が能力を発揮できません」と嘆く。

「精神科療養病棟や認知症治療病棟では、平日日中の病棟に6~7人の看護スタッフがいます。人数だけ見れば通常の病棟と同等になるのですが、これらの病棟では、看護師資格を持っている人が3人から5人、平均すれば4人といったところです」(有我さん)

 4人のうち1人は、チームリーダーとして医師との連絡にあたったり、新しい入院患者の受け入れに対応したりする。1人は、褥瘡の手当てや注射などの処置にあたる。残る2名は、体温や血圧を測定して記録したり、移動の際の誘導を行ったりするという。

「看護助手は散歩や食事の介助をします。有資格看護師は測定と記録と注射に追われ、看護師としての力を発揮してケアを行き届かせることができません。長期的なケア、退院促進、退院に向けた調整などを、患者さんとともに行うことは困難です」(有我さん)

 資格に裏付けられた専門性を軽視すべきではない。専門性を発揮できる労働環境も必要だ。

新型コロナには無力すぎた「精神科なりに」の備え

 精神科入院患者が身体疾患に罹患した場合、最良の選択肢は一般病院への転院であることが多い。しかし、精神疾患と無縁な病院にとって、精神科入院患者は積極的に受け入れたい患者ではない。このため、精神科病棟内で身体疾患の治療を行うノウハウは、それなりに蓄積されていた。インフルエンザやノロウイルスの集団感染は、あちこちの精神科病院で、毎年のように発生している。

 精神科入院を経験した患者らによると、そのような場合によくある対応の一つは、感染した患者のベッドをナースステーションの前に集めるというものだ。夜も電灯が明るく灯されたまま、看護師らの足音や電話の音などが絶えず落ち着かない。もちろん、各患者のベッドの間に目隠しなどはない。しかしながら、看護師らの目は届く。急変の際にタイミングを逃さず対応してもらえる可能性もある。

 新型コロナウイルスに対しては、それらの「精神科なりに」積み重ねられてきた経験やノウハウは無力だったようである。一般社会の約4倍に達する感染者率と死亡率が、そう語っている。それどころか、いくつかの病院の事例では、クルーズ船の事例をはるかに上回る感染者率、場合によっては50%以上の感染者率も見られる。

 もともと重症化リスクの高い高齢者が多い上に、医師や有資格看護師が少ない。対応や対策は、人手不足から後手に回りやすい。入院患者を安全な場所に移送することもできない。精神科病院での新型コロナ感染クラスター発生が、「火薬庫に火種が持ち込まれ、爆発し、燃えるものが燃え尽くすまでは何もできない」というイメージに近いものとなることは、ふだんの状況だけで充分に説明できる。

 中編では、入院患者の視線から見た精神科病院の生活環境を検証しよう。

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