精神科病棟に新型コロナウイルスが侵入するということ

文=みわよしこ
【この記事のキーワード】

ワクチン接種の都合から、そして人権の視点から高まる情報へのニーズ

 では、精神科病院での新型コロナウイルス感染に関して、行政に「全貌を正確に把握して有効な対策をしよう」という意欲はあるのだろうか? 筆者から見ると、なんともビミョーである。 

 2021年1月21日、厚労省事務次官・樽見英樹氏が新型コロナウイルス感染症対応に関する講演を行った。この折、長年にわたって精神科病棟に勤務する看護師であった有我譲慶氏が聴講し、精神科病棟でのクラスター発生状況の把握と対応について質問したところ、樽見氏の回答は「診療科ごとの院内感染のデータは取得していない」、精神科病院で感染クラスターが発生しやすいかどうかについては「分からない」というものであったという。3月1日、筆者が厚労省医政局に確認してみたところ、「診療科別の発生状況の把握は行っていない」という回答であった。

 精神科病院での感染クラスター発生は、2020年3月より相次ぎ、職員の家族が感染して死亡した事例もある。しかし現在のところ、厚労省は診療科別の感染実態を把握していない。それどころではないのかもしれない。

 日本精神科病院協会(日精協)は、厚労省とは異なる立場から、精神科病院での新型コロナ感染の実情に関心を向けている。同協会は1月27日、厚労省に対し、精神疾患を抱える入院患者や介護施設入所者を、新型コロナワクチンの優先接種対象とするよう要望した。キャリアブレインニュースによれば、同協会に加入している精神科病院1192病院のうち107病院で院内感染が発生し(1月19日時点)そのうち30病院以上でクラスターが発生したとしている。この要望内容は、3月1日、日精協サイトで公開されている。

 要望書に示された日精協の認識は、強引にまとめると、「患者は精神科入院患者だから、衛生対策を徹底したくてもできないんです。インフルエンザに対しては、毎年、患者全員へのワクチン接種で何とかしているんです。新型コロナウイルスに関しても、患者へのワクチンをよろしく」という内容だ。筆者は「患者のせいにするなよ」とボヤきたくなるが、要望書の末尾には「クラスターを抱えながら籠城を余儀なくされている精神科病院」が増えており「会員病院からの悲痛の声が挙がって」いるという表現がある。「籠城」「悲痛」という用語に示されている深刻さを、軽視することはできない。

 有我氏は、精神科病棟での感染クラスター発生事例を、報道や病院Webサイト等から収集しつづけている。事例数は、2021年2月16日時点で71病院であった。精神医療を熟知している有我氏でも、収集できた事例数は日精協の7割程度にとどまっている。日本全国にある1600以上の精神科病院のWebサイトを片っ端から調べ上げ、アップデートしつづけることは、個人や少人数のグループでは不可能であろう。

 入院患者の人権やプライバシーは、もちろん尊重されるべきである。しかし、市民の「知る権利」が侵害されていることは確かであろう。そして、情報が開示されないことによって最も人権を侵害されているのは、精神科の入院患者たちである。治療を受けて治癒しているのか。重症化したときに転院できているのか。死亡率は日本全体と比べて高いのではないか。行政あるいは病院が情報を開示しない限り、外野が正確な情報に基づいて「まあ、安心して良さそうだ」と安堵したり、あるいは「ひどすぎるじゃないか」という声をあげたりすることはできない。それでは、入院患者の人権は守られようがない。

 こうした状況が続く中、現在も精神科病院での新型コロナ感染は続く。2021年に入ってからの2カ月間だけで14件だ。うち3件は、感染者数が100名を超えるクラスターとなっている。

虐待事件が発生した神出病院の現在は

 2021年に入って間もない1月12日、兵庫県神戸市の神出病院で、新型コロナ感染が判明した。感染した患者数は59名、スタッフ14名と合わせて合計73名が感染している。神出病院では、2020年に看護師らによる入院患者虐待が明るみになり、関与した看護師ら6名が逮捕された。6名は起訴され、既に実刑判決が言い渡されている。病院が深い反省を示し、多様な再発防止策を講じていることは、同病院Webサイトのトップページに示されている。

 新型コロナ感染者の発生については、特設ページを設けて情報開示を行っており、本記事執筆時点では2月24日に公開された第9報が最新であった。「新型コロナウイルス感染のお知らせ(第○報)について」は、「新たに入院患者様○名、職員○名の感染が判明しました。累計、入院患者様○名、職員○名となり、引き続き感染防止に努めて参ります」という内容である。2月24日の第9報では、「現在、療養中の入院患者5名、職員0名となり、引き続き感染防止に努めてまいります」となっている。第8報までは「入院患者様」なのだが、第9報告はなぜか「入院患者」で「様」がない。それ以上に問題なのは、「療養中」ではなくなった感染者、特に入院患者の状況が全く分からないことである。治癒したのか。他院に転院して治療を受けているのか。それとも、不幸にして亡くなり「棺桶退院」したのか。

 さらに理解に苦しむのは、収束しかけて感染者数が減少した後で新たな感染者が判明した際の計算だ。

第5報(1月28日):新規感染 入院患者 1 職員 2 累計 入院患者 51 職員11
第6報(2月2日):新規感染および累計は記述なし 療養中 入院患者 13 職員 5
第7報(2月8日):新規感染および累計は記述なし 療養中 入院患者 6 職員 4
第8報(2月12日):新規感染 入院患者 8 職員 3 累計 入院患者 11 職員 6

 1月12日以後の感染の状況が、一連のものとして取り扱われている以上、第8報の「累計」は、第5報の「累計」に新規感染者数を加算したものであるべきだろう。しかし、減っているのである。何らかの判断によって、累計をいったん「リセット」したのかもしれないが、それにしても不可解な計算だ。1月28日の累計に、2月12日の新規感染者を加えると、累計は入院患者59名、職員14名となる。なお、神戸市や兵庫県のWebサイトでも詳細は不明である。

 神出病院の虐待事件は、社会の厳しい批判を受け、直接の加害者が実刑判決を受けるという形で一応のケジメがついた。しかし新型コロナ感染に関する情報開示の内容から見る限り、「神出病院の体質が抜本的に変わり、新型コロナ感染のもとで患者の健康と生命は最大限に守られている」と期待することは難しい。兵庫県や神戸市によって情報開示がなされればよいのだが、それもない。精神医療業界に詳しい人々の中には、背景として、神出病院の経営母体である医療法人の理事長が安倍晋三元首相の“アベ友”であることを指摘する声もある。

1 2 3 4

「精神科病棟に新型コロナウイルスが侵入するということ」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。