
Getty Imagesより
●山崎雅弘の「詭弁ハンター」(第2回)
このコラムは、社会の良識を歪ませ、狂わせる「詭弁」をひとつずつ俎上に乗せ、それを解剖的に分析して「詭弁であること」を解き明かすことで、人々が同種の詭弁にだまされにくくなる「免疫」を生み出したい、という意図でスタートした企画です。
この主旨からすれば、毎回違う人物の発言を取り上げるのが理想です。特定の人物個人を批判することが、このコラムの目的ではないからです。
とはいえ、今の日本社会を見渡して、社会的にとりわけ大きな「負の影響力」を持つ詭弁を弄している人物は誰かといえば、菅義偉首相の姿が目立ちます。
それゆえ、今回も第一回と同様、日本学術会議の会員任命問題に関連して発せられた、菅首相の発言に光を当て、それが詭弁である事実に加えて、なぜそれが詭弁であると気づきにくいのかという点も読み解いてみます。
菅首相の常套句「任命権者」と「人事」
2020年10月9日、菅首相は記者会見に似た「グループインタビュー」の中で、日本学術会議の推薦者6人を任命しなかった理由について問われ、こんな言葉を口にしました。
「任命権者たる内閣総理大臣として」
それから19日後の10月28日、国会の衆院本会議で菅首相の所信表明演説に対する各党代表質問が始まり、その中で答弁した菅首相はこう説明しました。
「個々人の任命の理由については、人事に関することでお答えを差し控える」
菅首相は、この2つの機会を含め、自身の任命拒否について聞かれるたびに、繰り返し「任命権者」と「人事」という言葉を持ち出して、その判断を正当化しています。そして、この一見もっともらしい菅首相の説明を聞いて、なんとなく「そういうものかな」と思ってしまう人も少なくないように見えます。
ですが、結論を先に述べると、この2つの言葉を持ち出して任命拒否という自分の行動を正当化する菅首相の説明は、明らかな詭弁です。
内閣総理大臣は、日本学術会議の会員任命という作業において、自由選択を前提とする本質的な意味での「任命権」など持っていませんし、日本学術会議法に基づく会員の任命は、一般企業で使われているような意味での「人事」でもありません。
日本学術会議法の第七条2項には、「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」となっていますが、同第十七条は「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする」とあります。
この法律には、推薦された候補者の任命を内閣総理大臣が拒否することを認める文言はどこにも見当たりません。もしそれが許されるのであれば、第七条2項の条文は「推薦に基づいて」でなく「推薦を参考にして」等となっていないとおかしいでしょう。
また、内閣総理大臣の個人的な好き嫌いが決定に反映しないよう、「推薦された者が以下に該当する場合には、内閣総理大臣は任命を拒否できる」というような欠格条項を定めた規定も必要となるはずですが、そのような条文も存在していません。
さらに言えば、日本学術会議法の第二十五条と第二十六条には、会員の辞職の申し出への対応や、会員として不適当な行為をした者の退職についての規定がありますが、どちらも「日本学術会議の同意を得て」「日本学術会議の申出に基づき」となっており、適格か不適格かを内閣総理大臣が独断的に決定することを許す条文にはなっていません。
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