「今年は自炊をがんばる!」を目標にしたあなたへ/自炊料理家・山口祐加さんインタビュー

文=三浦ゆえ
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自炊料理家・山口祐加さん

 新年に「今年は自炊をがんばる!」を目標にしたみなさん、張り切る気持ちはわかるがちょっとここで立ち止まってほしい。もともと料理が好きでそれなりに経験値もあって……という人ではなく、「あんまり得意でないんだけど、やったほうがいいよね」ぐらいのテンションの人のことです。筆者はそう心に決めたものの、1月の終わりごろにはもう挫折。テキトーに作ったり外食したりの生活に戻ってしまうというのをくり返してきた。誰も彼もを自分と一緒にするわけでないが、そもそも料理にかぎらず、新年の目標とはわりとそんなものではないか。

 しかし今年は、様相が異なる。新型コロナ流行はいまだ収束が見込めず、リモートワークに切り替えられたり外出の機会が減ったりで、生活様式が変化した。食生活はその最たるもののひとつで、「感染拡大前と比べて自宅での食事が増えた」と答えた人が半数近くにのぼった調査結果がある。増えたと回答した人のうち約8割は、その理由を「外食を控えているため」としている。家での食事を充実させたいという人が増えれば、「自炊をがんばる」という発想になるのも自然の流れだろう。

 自炊料理家の山口祐加さんは、「はじめるのは簡単でも、つづけるのがむずかしいんですよね」と話す。これまで「自炊レッスン」で性別、年代を問わず多くの人に自炊についての考え方を伝えてきた(現在はオンラインで開催)。今冬発売した新刊『ちょっとのコツでけっこう幸せな自炊生活』(エクスナレッジ)の帯には「頑張らなくても、料理が苦手でも、自炊が無理なく続くコツ」とある。なるほど、がんばらなくていいのか……いや、むしろがんばらないほうがつづくのか?

山口:そう思います。闇雲にがんばるのではなく、好きなものを食べるのがいちばん! でも”がんばらない”ことに罪悪感を覚える人って多いんですよね。

 お惣菜を買うと料理をサボッてると思ったり、めんつゆやカット野菜、出汁パックのような便利なものを使うと“手抜き”だと罪悪感を覚えたりする。掃除するとき『クイックルワイパーを使うのは手抜き』とはいわれないし、洗濯はほとんどの工程を家電や便利な既製品に頼るのに、不思議ですよね。

 料理は体内に入れるものを作る家事だからというのが関係しているとは思いますが、私はめんつゆもカット野菜もどんどん使っていきましょうと発信しています。これらのものは、自分の代わりに誰かが手間をかけて準備してくれたと考えてはいかがでしょう。

 日本では家事、そのなかでも料理に求められる水準が高いといわれている。それゆえに知らないうちに「お惣菜を買ってくるなんて自分はダメだ」「これを使うのは手抜きだ」と刷り込まれているのではないか。

山口:レッスンをしていると、多くの人に思い込みがあってそれが自炊へのハードルを上げていると感じます。自炊するなら毎日しないといけない、というのもそのひとつ。じゃないと買ってきた食材を使い切れなくて、かえってコスパが悪いのではないかと考えるようですね。

 でも人によって生活は異なりますから、どのくらいの頻度で、どのくらいの時間をかけて料理できるかも人それぞれ。外食が悪いということもありません。でも少しは家で食べたいなぁという気持ちがある人のために、私は昨春『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)を出版し、このくらいからはじめてみませんかという提案をしました。週3の自炊で使い切れるだけの食材しか買わないし、味付けもシンプル。でも、飽きない。私が提案する料理は、外食ばかりしてきた人にもよく喜んでもらえます。

失敗のないスープからはじめる

 2冊めとなる『ちょっとのコツで~』をパラパラとめくるだけでも、そのシンプルさは伝わってくる。全国どこででも買える食材を使用し、料理の工程は多くても3つまで。5分もかからずにできるものもある。それによって完成するのは、一応メニュー名はついているものの、”名もなきひと皿”とでもいうべき料理だ。

山口:外食では出てこない料理ってありますよね。野菜を焼いて塩を振っただけとか、好きなものを入れたお味噌汁とか、そういったものは家でしか食べられません。だから、外食みたいな料理を家で作ろうとしなくていいんです。

 最初からハンバーグにチャレンジして、うまくいかなくて、挫折する人って多いですよね。自炊レッスンでは、スープからはじめます。汁気が多いので焦がすことはないし、塩加減を間違っても水を足せば調整できるので失敗しにくいですし、残った野菜を加えるとか、かぴかぴになりそうなご飯を加えておじやにするとか、アレンジも簡単。スープって本当に懐が深いです。

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『ちょっとのコツでけっこう幸せな自炊生活』より

 さらに同書は、料理に関するさまざまな”誤解”を解いてくれる。面倒と敬遠されることが多い煮物は「ほとんど失敗なしのテクニックいらずメニュー」として紹介される。

 逆にパパッと作れるものの代表格と思われがちな炒めものについては、「”焼く”と”味付け”を同時に行うことって、実はかなり高度な技」とあり、筆者はこんな簡単なこともできないなんてダメすぎると思っていた過去の自分の肩をたたいてあげたくなった。

 誤解がなくなれば、簡単においしく仕上がる炒めもののレシピが頭にスッと入ってくる。山口さんの本は、こんなふうに考え方の転換をうながしてくれる。

山口:私が伝えたいのはレシピという個々の料理の作り方ではなく、まさに”考え方”なんですよね。調理方法、味付けの種類やタイミングについての基本的な考え方を一度インプットすれば、どんな食材にも応用できますから。そうすると、自分の型ができます。私の場合は、以下にあげる10型に落ち着きました。

1 具だくさん味噌汁

2 お刺身の薬味あえ

3 肉野菜炒め

4 しらす(ちりめん)を使った料理

5 ざざっとサラダ

6 焼き野菜、ゆで野菜

7 オイル蒸し

8 酢の物

9 煮びたし・焼きびたし・揚げびたし

10 汁麺

 この型に合わせて、その日冷蔵庫にある食材を使ったり調味料を変えたりすることで、ずっと作りつづけられるし、飽きずに食べつづけられます。

 さらに、『本には鶏ひき肉って書いてあるけど今日は豚ひき肉が安かったからそちらを使ってみよう』というアレンジも可能になります。世の中にはお料理の本が数え切れないほどあるし、ネットで検索すれば無限ともいえるレシピがヒットするので、いまは”レシピファースト”になりやすい時代だと思います。

 最初にレシピを調べて、これならできそうとか、これは自分には無理とか判断してしまう。情報収集が上手な人ほどそうなりやすいですが、そこにとらわれると自分の型は見つからないでしょう。型ができたあとなら、新旧たくさんのレシピのなかから自分がその日食べたいものを選んで、作りやすくなります。

料理をすることは自己を肯定すること

 レシピといえば、自炊に苦手意識がある人ほど「簡単」「時短」といったワードで検索しがちだ。

山口:手間を省いたり時間を短縮したりというのは、全行程を知っている人だからできることです。

 たとえばきんぴらゴボウを作るとき、ささがきって面倒ですし、よく切れない包丁を使うとケガをしかねません。それを知っていれば『香りは多少落ちるけど、ささがきの食感がいいからスーパーでパックされたものを買ってこよう』と判断できますよね。

 時短といわれる料理も、短縮できるのは5分ぐらい。それなら料理以外のところで短縮できるかもしれないし、煮物のように時間はかかるけど手間はたいしてないという料理もあります。火にかけてほったらかしておけば時間がおいしくしてくれるので、ほかのことができます。そうするとレシピに書いてある所要時間はあまり気にならなくなります。

 考え方をインプットするといっても、お勉強モードになって頭を働かせる必要はない。同書には「豆腐は白いキャンパス」「味見は多くて2回まで」「野菜は最小単位で買う」といった、キャッチーかつ、発想の転換をうながしてくれるフレーズが並んでいる。それにノセらせて手を動かすうちに、身体が料理を覚えていく。

山口:この本にある料理は、特別でない、1週間後には何を食べたか忘れてしまっているような料理だと思います。がんばらずにつづけられる料理って、そういうものではないでしょうか。

 いろんな人に自炊を教えていて思うのは、料理をすることは自己肯定になる、ということです。自分が作ったものがおいしい、って最高ですよ。いい音で焼けているなとか、できたての香りがいいなとか五感に訴えかけてきて、自分が調整されていく感じもします。がんばらないことをがんばるぐらいでいるほうが、そうした感覚をキャッチしやすいと思います。

 くり返しになるが、日本は家庭料理に求められる水準が高い。それに振り回される必要はなく、自炊で毎回100点を出す必要もない。そもそもその点数をつけるのは誰かという話で、自分が「おいしい!」と思えればそれでいい。肩の力を抜き「今年は自炊を、できる範囲で、無理なく、つづけてみよっかな」ぐらいの目標にしておいたほうが、気づけば習慣として自分のなかに根付いていそうだ。

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山口祐加(やまぐちゆか)
1992年生まれ、東京出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)がある。

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