人の東北弁を笑うなーーイギリス・グラスゴーの教室からBLM、ナイキのCMまでを一気に駆け抜けて見えてきた「差別」と「被差別」

文=中村木春
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「声を上げ続ける」という果てしない道のり

 アメリカでジョージ・フロイドさんが警官に殺害された事件をきっかけに注目されたBlack Lives Matter。当初、少なくない数のイギリス人たちはこれを対岸の火事と捉えていたようだった。

 しかしすぐに「これはアメリカだけの問題ではない。イギリスにも人種差別は存在しているという事実をまず知って欲しい」との声が上がり、黒人作家のレニ・エド=ロッジ著『Why I’m No Longer Talking to White People About Race(私がなぜ白人に人種について話すのをやめたか)』というイギリスの人種差別について書かれた本が飛ぶように売れた。

 「差別される側」がこれだけ長年声を張り上げてやっと”差別があるという事実を認識してもらえる”レベルにたどり着くことができたということに、私は愕然とした。なんて先が長い、骨の折れることなんだろう。

 なぜ、「差別される側」の人間が、「差別する側」の人間に気づいてもらうためだけにこんなに努力をしなければならないんだ。どうして「差別をされる側」の人間ばかりが、こんな思いをしなければならないんだろうと、私はほとんど、憤っていた。

 一方で、あちらこちらで「Silence is Violence(沈黙は暴力)」というスローガンが掲げられていて、逃げたくなった。声を上げろと言われていた。

見て見ぬ”ふり”すらしていない、そもそも見えていない

 そのくすぶっていた思いに、さらに火を注いだのはこのCMだった。

 日本社会におけるいじめや差別を描写し賛否両論を巻き起こしたこのナイキのCMには、好意的な声も多かったが、それと同じくらい目についたのが「日本にこんな差別はない」「事実と違う」「差別差別と騒ぐことで余計に差別を助長している」「誇張しすぎ」などといった否定的な声だった。

 「日本に差別はない」と言い切ることは、誰にもできない。
 差別は、差別をされる側が「差別された」と思った時点で、存在しているのだ。

 それは、このCMで描かれているような問題であったり、はたまた学校で髪が天パだとからかわれたことや、方言が変だと言われたり、体型をバカにされたり、職業を見下されたり、性別によって役割を押し付けられたり、などなど数え切れないくらい様々ないじめや差別が、日本にだってあるじゃないか。

 誰でも一度くらい、何か些細なことでいじめや差別に関わった経験があるのではないかと思う。

 それらを全く見て見ぬふりをしているようなコメント群をみて、胸が苦しかった。

 いやそもそも、見て見ぬ”ふり”すらしていないのかもしれない。

 見えていないのだ。

 差別をする側は、”差別”というものが存在していること自体が信じられないのだ。

被差別体験をもとに、その痛みを想像する

 私たちは、きっとみんな何かしらの差別の被害者であると同時に、加害者でもある。私の場合は、自分がだれかを差別をしていたという事実を、同じような差別を受けて初めて気がついた。

 人種差別、男女差別、容姿差別などなどいままで私がしたりされたりした差別は多岐にわたる。悪意なく人を傷つけ、そしてまた悪意なく人に傷つけられてやっとその痛みを知る。

 こんな経験を繰り返し、やっと自分の無知を自覚しはじめてから、私の意識はすこしずつ変わっていった。

 世界で起こっているありとあらゆる差別の問題を「自分とは関係ない」「そう考えるなんておかしい」と無視したり否定したりするのでなく、もし自分がそうされたらどう思うかな、と幼稚園児が先生によくいわれているような方法で考えるようになった。

 たとえ理解できなくても、何かしらで差別をされた体験をもとに、そのいたみを想像することはできるはずだ。

 

と、上記の文章を書くまでに、永遠かと思われるくらい長い時間がかかった。

 私ごときがこんなデリケートな問題に踏み込んでこんなことを言ったら、笑われるだろう、間違っているかもしれない、バカにされるんじゃないか、おこがましい、などとたくさん考えた。

 これらの問題に関して、自分の意見を言うことはとっても怖かった。なぜなら私は、いままで一度も声をあげたことがなかったから。

 アジア人のくせにと見下されたり、デブだというだけでいじめられたり、女だというだけでお茶汲み係にされたりと様々なことがあった。

 でも私は、何も言わなかった。言わないで笑ってやり過ごすことが”処世術”のひとつだと長年思っていたけど、そういうのをそろそろやめにする。

 私はもう、黙っていることで差別に加担している自分が嫌になった。長く人生を生きた分だけ、関わってきた問題が多すぎて、荷が重いのだ。

 まず何から手をつけていいのかと思ったとき、一番最初に頭に浮かんだのが、私が人生ではじめて経験した差別だった。それが東北弁のことだ。

 はじめの一歩として、私はこのことについて声をあげてみたい。

 

小さなころ、私が話すことばの響きがまわりと少し違うからという理由で、変だ、直した方がいい言われて笑われた記憶は、あれから何十年経っても未だに私の中に小さなしこりとなって残っています。

そしてこのしこりは、心の奥の奥の方で、ずっと消えずにあるようです。

からかった人たちに悪意がなかったのは十分承知なのですが、「なまってる」「日本昔話みたい」などと面白がる彼らの顔をみて、いい気分がしなかったのは確かなのです。

あの時、そういう声を跳ね返せるくらい強い私であればよかったのですが、私にはできませんでした。そしてそのことを、少し後悔しています。

もうふるさとを遠く離れ、様々な土地を渡り歩いた私は、もはや自分が何弁を話しているのかわからず、どういうわけかどこに行っても、自分がよそ者のような気がします。

そんなとき私は、かつてじぶんが話していたことばが懐かしくてたまらなく、ふとさみしくなります。

外でも自分のお国ことばを使っている人たちはいるんだから、そんなに気にするなら君もそうすればよかったじゃないかと言われそうですが、私の場合は、それによって、もう笑われたくなかったのです。自分のことばを、これ以上傷つけられることは耐えられなかったのです。

だからお願いがあります。

人の東北弁を笑わないでください。

 

 へぇ、そういうこともあるんだな、と今あなたが知ってくれたということ、このことだけで、すでに私たちは今までとは違う未来に立っている。

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