身体拘束だけが問題なのか NZ人青年の死に凝縮された日本のメンタルヘルスの課題

文=みわよしこ
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裏切られた「まさか命までは」という最低限の期待

 4月30日、ケリーさんの衝動的な言動はさらに激しくなった。パトリックさんは救急車を要請したが、断られた。日本のほぼ全域で、救急医療は精神疾患に対応できない。このことは日本では広く知られており、精神科専門の「黄色い救急車」という都市伝説の背景となっている。しかし「黄色い救急車」を知らない外国人は、必要に迫られた時、「日本の救急医療は精神疾患を扱わない」という事実を突きつけられることになる。致し方なく、パトリックさんらは警察に連絡した。結局、警察官が8人がかりでケリーさんを取り押さえ、大和病院に措置入院させた。

 パトリックさんが見守る中で大和病院に運ばれたケリーさんは、従順に指示に従い、自らベッドに横になったという。入院した病室は、他の患者がいない隔離室であった。おとなしくベッドに横になったケリーさんは、胴体と両手足をベルトでベッドに固定される身体拘束を受けた。

 ニュージーランドの国営放送局・RNZ(Radio New Zealand)は、ケリーさんと家族の上に起こった出来事に関する記事「Death Bed」および同名のドキュメンタリーを制作した。2020年5月、これらの作品は同国内で Voyager Media Award を受賞している。

 ドキュメンタリーの中には、パトリックさんがケリーさんの入院時の様子を振り返るシーンがある。パトリックさんは、目の前で身体拘束されるケリーさんを見て、ケリーさんの紙おむつ代を支払う書類にサインした。診療録によれば、パトリックさんは拘束の必要性を英語でケリーさんに説明していたという。自分の目の前で弟が受けている、治療とは信じがたい行為を自分に納得させつつ、ケリーさんにも納得させようとしていたように見受けられる。パトリックさんはドキュメンタリーで、「まさか、死なせはしないだろう」と考えていた(筆者訳)と語っている。実際に起こったのは、その「まさか」であった。

「穏やか」なのに「不穏」「多動」「爆発性」? 診療録の矛盾

 ケリーさんには本当に、身体拘束を必要とする状態が継続していたのだろうか。実際のところは、目の前でケリーさんと接していた医療スタッフでなくては判断できないかもしれない。しかし診療録には、数多くの疑問点がある。

 入院した直後の2017年4月30日15時10分には「精神運動興奮状態に陥る可能性が高く、不穏、多動、爆発性が考えられ、放置すれば患者が受傷するおそれが充分にある」と記載されている。「可能性」「考えられ」「おそれ」だけで身体拘束を行って良いのかどうかはともかく、入院に至るまでの経過を考えると、その時は確かに「放置すれば患者が受傷するおそれ」があったのかもしれない。この記述は、毎日8時30分・16時30分・23時30分の3回、判で押したように、あるいは、まるで「コピペ」したかのように繰り返されている。身体拘束や保護室への隔離は、法に基づき、一定の根拠のもとで行われる原則だ。その根拠は、診療録へ記載しておく必要がある。

 入院当日のケリーさんは、身体拘束されたまま点滴ルートの確保に抵抗し、紙おむつや紙パンツを拒否していたという。診療録の記述だけを見ると、尊厳を傷つけられて全身で怒っているのか、それとも症状によって激しく抵抗しているのか、なんとも判断に苦しむ。しかし、概ね半日が経過すると、「オムツを装着しようとすると抵抗するが、怒声や不穏への移行はない」という記述が看護記録に現れる。

 翌日5月1日のケリーさんは、「身体に触れると瞬時に覚醒するが、計測すると説明し行うとスムーズに応じる」状態になっていた。静脈点滴で注入された鎮静剤の効果かもしれない。あるいは、ケリーさんが「積極的に危害を加えられることはない」と感じたからかもしれない。ところが、約1時間30分後、「精神運動興奮状態に陥る可能性が……」という記述が再び現れる。「拘束を外してほしい」というケリーさんの訴えは聞き入れられず、拘束への「了解が悪い」と記されている。この日午後になると、「不穏行動はない」という記載が現れるのだが、16時30分にはまたも「精神運動興奮状態に陥る可能性が……」という記述がある。

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