身体拘束だけが問題なのか NZ人青年の死に凝縮された日本のメンタルヘルスの課題

文=みわよしこ
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心肺停止後に判明した肺炎、褥瘡、そして敗血症

 5月2日になると、ケリーさんは発熱した。以後、38.0℃前後の発熱が続き、身体の冷却や解熱剤の投与などの治療が試みられた。また、「舌根沈下気味」という記述もある。ベッドで仰向けの姿勢が続いており、しかも舌の根が喉に引っ張られる状態になっているのなら、呼吸が相当苦しかったのではないだろうか。

 この後数日間、服薬、水を飲むこと、食事を摂ることの困難さに関する記述が目立つ。食事中は拘束を解かれていたようだが、何が原因で水や食事や薬が喉を通らなかったのか、記述だけでは判断できない。しかし行動面では、「激しい抵抗認めず」「素直に指を出す」「落ち着いた様子」「『おはようございます』と返答」「穏やか」という記述が目立つようになる。5月5日になると発熱は収まり、口からの飲食物や薬の摂取もスムーズになっていた。

 5月6日には「雑談も」「会話ができる」といった記述があるものの、また発熱がぶり返す。発熱の原因は気になるところではあるが、身体拘束は下半身のみとなった。5月7日には、呼吸に異常が現れ始めた。異常の内容は、10秒間に及ぶこともある無呼吸や下顎呼吸だ。下顎呼吸は、生命の危機に際して出現することのある「ニセ呼吸」である。しかし、呼吸の異常が長時間継続することはなかったようだ。心肺停止の前日にあたる5月9日には、いったん心拍や呼吸のモニター装置が装着されたが、その後、取り外されていたようである。

 血液検査は4月30日・5月1日・6日・8日・9日の5回、院外検査で行われた。静脈血栓塞栓症につながる可能性のチェックは、身体拘束が開始された4月30日のみ行われ、異常はなかった。炎症を示す結果は5月1日には見られなかったが、5月6日には「風邪以上、肺炎未満」程度に出現し、その後も続いた。

 決して小さくない異常の数々が出現していたものの、「間違いなく、深刻な生命の危機」と言い切れる兆候はなかった。とはいえ、身体拘束が継続されている以上、関連したリスクが存在するはずである。血栓形成の可能性を考慮した血液検査が2日に1回行われていたら、ケリーさんが心肺停止に至る前に身体拘束を中止できたかもしれない。

 行動面の記述を見ると、「今すぐ兄に会いたいと要望ある」「興奮し大声になることや起き上がってくる様子はない」(5月7日)、「声掛けにも疎通良く笑顔」「『今朝もありがとう』と発言」(5月8日)とある。それらの記述と発熱などの記録に、1日3回の「精神運動興奮状態に陥る可能性が……」が入り交じる診療録は、5月10日21時25分の心肺停止と蘇生、そして21時45分の拘束解除と総合病院への搬送の記録で終了している。

 総合病院に搬送されたケリーさんは、昏睡状態で7日間生き延び、2017年5月16日、27年の生涯を終えた。措置入院は、死亡によって解除された。死後の病理解剖により、誤嚥性肺炎と直径9cmもの褥瘡、そして敗血症を疑わせる臓器の異変が発見された。肺炎と褥瘡があり、敗血症が起こりはじめていたのであれば、発熱が続いたことに不自然さはない。

 ケリーさんの身体拘束は、このような身体状況を把握せずに継続されていた。根拠は、診療録に1日3回繰り返される「精神運動興奮状態に陥る可能性が……」という記載だった。その記載が継続されることは、身体拘束の継続へとつながった。身体拘束の解除は、心肺停止によってもたらされた。

治せない病気を作ることは「治療」なのか

 精神科病院である大和病院では、褥瘡も敗血症も深部静脈血栓症も治療できない。しかしながら、そのようなリスクを含む身体拘束を行うことは、法と適正な手続きのもとで認められている。

 大和病院に限らず、精神科の治療は「服薬させる」「閉じ込める」「おとなしくさせる」の3種類の組み合わせとなることが少なくない。もしも、それで精神疾患が治ったり、精神疾患を抱えながらの生活が容易になったりするのであれば、心身の疲労回復と似たようなものなのかもしれない。そして、心身の疲労回復に強制は基本的に不要だ。快適かつ落ち着ける環境でゴロゴロしていれば、体力や気力や判断力は容易に取り戻せるだろう。

 精神疾患や精神障害を持つ人々は、どこかで「自分とは違う人」と理解されがちだ。広い意味で「疲れた人」「しんどくなった人」「困っている人」として理解することは、一般社会と精神科病院の中を“地続き”にするために有効である。精神科病院を「しんどくなった人の一時休憩所」と捉え、リラックスして快適に一休みすることに適した環境であることを当たり前にすれば、精神科病院側が秘密にしておきたい場所は激減するだろう。精神科病院が誰もの「疲れたら、あそこで一休み」という場所に変わり、そこでどのようにリラックスできて快適なのかを誰もが具体的に知るのが当然になれば、弟が治療され回復すると信じていたのに生きて戻らなかったというパトリックさんの悲劇は、繰り返されなくなるはずだ。

 なお、ケリーさんの事例では、もともと服用していた向精神薬を検討する必要もあるのかもしれない。入院前に見られた激しい言動は、それらの薬物の副反応として現れる場合があるからだ。強制入院と身体拘束は、「精神科クリニックで出された薬のせいで、調子が良くない感じがする」という広く見られる悩みとも地続きなのである。

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