日本の「腐ったメンタルヘルスケア」を変えることはできるのか

文=みわよしこ
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2012年元日、保護室での10分間の出来事

 2012年1月1日の16時過ぎ、I病院では入院患者の夕食の時間帯となった。陽さんのいた保護室に、看護スタッフのK1とK2が入ってきた。2人は、掛け布団の上に座っていた陽さんを背後から引き倒し、床面に仰向けにさせた。K1は陽さんのズボンを引き下ろし、紙オムツを露出させた。

 さらに、看護スタッフK3とK4が流動食を持って入ってきた。横たわってズボンを引き下ろされたままの陽さんの口に、K2が流動食を流し込んだ。約1分半の早業である。ベテラン精神科看護師の一人によれば、「上体を起こさずに流動食を口に注入することは、誤嚥の可能性があり危険」であり、それ以前に「オムツ交換をしながらの食事なんて、とんでもない」ということである。

 その後、K1が腰部の清拭とオムツ交換を行い、ズボンを履かせようとした。そこで陽さんは抵抗したのだが、動画に音声が記録されていないため、何に抵抗したのかは不明である。K1が膝で陽さんの腹部を押さえ込んでズボンを履かせようとしていたことへの抵抗かもしれない。いずれにしても、抵抗した陽さんの脚が、K2に接触した。

 K2は立ち上がり、足で3回にわたって陽さんの顔面や頭部に力を加えた。K1は陽さんの足をつかみ、反撃を封じるかのような動きをした。その後、K1・K2・K3の3名が陽さんにズボンを履かせた。K1はその間、膝で陽さんの首を押さえつけるなど動きを封じる動作をした。

 K2はいったん退出し、タオルを持って再度入室し、陽さんの顔を丁寧に拭いた。拭いた箇所には血液が付着していた。約10分間の動画の中で、筆者が看護スタッフらの動作から「人間に対するケア」の雰囲気を感じたのは、この顔を拭く場面だけであった。K1はマットレスを保護室に敷き、上に掛け布団を投げ、落ちていた枕も投げた。陽さんは床に横たわったままであった。そして看護スタッフらは保護室を出た。

 このような「食事」の風景は、陽さんだけではなく隔離や身体拘束の対象となっている患者全員に対して繰り返されていたのだろう。2012年1月1日が特別だったのは、この10分足らずの「夕食」の間に、陽さんが頚椎を骨折していたことだ。向精神薬の副作用により、陽さんの頚椎は前方に屈曲したまま固まっていた。その状態で顔面を踏まれたため、容易に頚椎を骨折したものと見られている。ただし、K1らはこの時、陽さんの頚椎骨折に気づいていなかった。

 陽さんの身体の異変が発見されたのは、翌々日の1月3日であった。救急病院への転院となり、家族への連絡も行われた。I病院の医師や医療スタッフが陽さんの頚椎骨折を知ったのは、その救急病院に駆けつけた父親からの電話でのことだった。寝たきりとなった陽さんは、約2年半後の2014年4月、肺炎で亡くなった。陽さんは36歳になっていた。

異例の逮捕、そして落胆の判決

 病院の認識は、あくまでも「陽さんが暴力をふるった」「精神科入院患者だから仕方がない」というものであった。納得していなかった遺族は、手を尽くして証拠を収集した。2015年度になるとメディア報道が現れ始め、2015年7月、K1とK2が逮捕された。

 障害者運動、特に精神障害者が関連する狭い世界の中で、I病院での出来事は、陽さんの存命中から知られていた。原因が何であれ、「病院に入院していたら頚椎を骨折させられた」などということがあってはならないという思いは、当時の筆者にもあった。陽さんが亡くなったことを聞いた時には、「ああ、やはり助からなかったのか。残念だ」という感慨を抱いた。現在から振り返ると、「あってはならない」とは思いつつ、現実に起こる出来事の数々によって「ありがちなこと」「表面化しない事例が多数あるけれど、ほとんどは泣き寝入りに終わるもの」と刷り込まれてしまっていたのだろう。そんな筆者は、「看護スタッフらが逮捕された」というニュースに心の底から驚いた。当然そうあるべきだと思いつつ、同時に「こんなことが本当にあるのか?」という思いもあった。

 K1とK2は起訴され、懲役8年の求刑が行われた。嬉しい驚きであった。しかし2017年3月、千葉地裁で言い渡された判決は、陽さんの顔面を踏みつけたK2に対して罰金30万円、K1に対しては無罪であった。その後、検察が判決を不服として控訴したが、高裁はK1を無罪、K2を免訴とする判決を言い渡した。千葉地裁および東京高裁の裁判官は、K1およびK2の行為と陽さんの頚椎骨折の関連性は認めつつも、正当な精神科看護業務であったことを理由として、傷害致死罪の適用を避けたのである。

 直接の暴力を加えた看護スタッフの逮捕、実刑求刑、そして、判決を不服とした検察による控訴。異例づくしの展開であったが、判決は「前例」を忠実になぞるものであった。練達の精神障害者運動家であるNさんは、落胆する筆者を「そんなもの」と諭した。Nさんは、陽さんの遺族を熱心に支援しつづけてきた障害当事者の一人である。しかし、同時に障害者の置かれている現実、特に精神障害者の現実を知り尽くしている。Nさんによれば、I病院の監視カメラの映像が消去されずに残っていて証拠となったことは、それ自体が精神障害者の生命に対する世間の相場観の現れなのであった。「罪に問われる可能性があったら、さっさと消去して証拠隠滅するはず。関係者が逮捕されて起訴される可能性があるとは考えていなかったから、そのまま残していたんでしょう」とNさんは語った。陽さんの頚椎が折られた2012年から、K1とK2が逮捕された2015年までの状況と空気感を考えあわせると、Nさんの見方はまったく妥当であったと思う。

 陽さんの遺族は、ブログ等を利用して積極的な発信を続けていた。2012年1月1日の出来事の動画も、YouTubeで公開されていた。現在、それらは削除されているのだが、出来事とその後の経緯は、嶋田和子氏の書籍『青年はなぜ死んだのか カルテから読み解く精神病院患者暴行死事件の真実』(萬書房)に詳細に記されている。

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